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Breakthrough 突破する力 米国立保健研究所主任研究員 小林久隆が挑む「がん細胞を消す」夢の治療法

がん細胞がはじけた

研究室前の廊下で。同じビルには、臨床試験を受ける患者のための医療施設が併設されている。
Photo: Lanham Yuko

小林を一躍有名にしたのは、12年に当時の米大統領オバマが議会で行った一般教書演説だ。小林の名前こそ挙げなかったが、健康な細胞に触れずにがん細胞だけを殺す新たな治療法が開発されつつあるとたたえた。小林はその3カ月前、悪性がんのマウス実験で8割が完治、副作用もなかったとする驚きのデータを専門誌に発表。注目の成果をNIHがいち早くホワイトハウスに紹介し、「米国の研究」として演説に採用された。


がん細胞だけを狙い撃ちするという治療法の着想は、医学生だった30年以上前にさかのぼる。人体の免疫には、体内でできたがん細胞を病気になる前に排除する仕組みが備わっている。小林は、免疫細胞が作り出す「抗体」と呼ばれる分子が、がん細胞に特有な表面の物質にくっついて、免疫が働く際の目印役となることに着目。この抗体に薬剤をつけて「運び屋」として使い、患部に薬の成分を送り込む「抗体治療」の研究を続けてきた。だが、抗体につける化学物質の種類や分量などを変えて実験を繰り返しても、腫瘍(しゅよう)だけを効果的に狙うことはできなかった。化学物質の一部が肝臓や腎臓などの臓器に行き渡り、正常な細胞にもダメージを与えてしまうからだ。「結局、毒を打ったら人体のどこかがやられる。発想を変えないとだめだ」


有毒な物質を腫瘍に運ぶのではなく、無害な物質を患部で「毒」に変えたら――。発想の転換ができたのは、医学に加え、化学や物理学にも通じた小林の「1人3役」ともいえる専門知識のたまものだ。「毒」に変えるスイッチ役には、安全で体内に届きやすい波長の近赤外線を理詰めで選んだ。あとは確かめるのみ。実験で使う特殊な顕微鏡などは浜松ホトニクスなど日本企業と共同開発し、近赤外線に反応する「色素」のような性質の化学物質をしらみつぶしに調べた。候補の物質を抗体に取りつけてがん細胞に送り込み、近赤外線を当てて反応を見る。数十の候補を試す中で、ある化学物質の顕微鏡画像に目がとまった。複数のがん細胞が破裂していた。「焼いた餅のように、次々にふくれてはじけた。プシュッと音がしたように感じた」


その瞬間、治療に使えると直感したという。

 

発見した化学物質「IR700」は、近赤外線を受けた直後にがん細胞を破裂させる「機雷」のように働く。光を当てなければ無害のままで副作用の心配も少なく、用途も広がる。別の抗体に付け、がん細胞を免疫の攻撃から守っている特殊な細胞を殺す治療法も開発中だ。がん細胞を免疫から逃げ回れなくすることで、理論上は全身に転移したがんも治療できるようになる。



(次ページへ続く)

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