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Breakthrough 突破する力 [No.185]山川博功/Yamakawa Hironori

photo: Semba Satoru

日本の中古車は走行距離が少なく、途上国ではまだまだ現役なのだ。スクラップが宝の山になる。学生時代に思い描いた「世界に向けた商売ができる」と身震いがした。


代金支払いへの不安などから、中古車売買の業界ではアフリカを軽視する風潮もあったが、山川は社員に「電話にはすべて出ろ、メールにはすぐ返信しろ」と徹底させた。信頼を勝ち得ると、評判が口コミやSNSで広がった。


08年のリーマン・ショックは、日本の中古車市場にも及び、売買が冷え込んだ。だが山川は、アフリカには金融危機の影響が少ないことを見抜き、底値まで落ち込んだ中古車を、銀行から借り入れをして買いあさった。全国のオークション会場を回って1週間に1度しか家に帰らず、妻の百合子(44)にとがめられたこともあった。だが、「事業を自分でやっている以上は、普通のサラリーマンみたいに家に帰れない」と飛び回り続けた。08年に1314台だった輸出台数は、10年には10倍に伸び、危機をチャンスに変えた。東日本大震災のときも、競合するパキスタン人たちが国外に避難している間に、仕入れに全力を挙げた。


新興のビィ・フォアードにとっては、仕入れた車を輸送する船の確保も課題だった。商船三井の山縣富士夫(55)は09年、知人を通じて山川から「九州から車を積めずに困っている」と相談を受け、福岡県の苅田港に200台を納めるよう打診した。約束した台数や車種を守らない中古車の荷主がいるなか、山川は期日までにきっちり納めてきた。「第一印象は怖い方かと思いましたが、前向きで勉強熱心。アフリカにもよく行き、現地の状況をよく知っていた」と山縣。今では商船三井は毎月1500台、ビィ・フォアードの車をアフリカに運ぶ。



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