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Breakthrough 突破する力 [No.185]山川博功/Yamakawa Hironori

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転機はアフリカとの出合い

オフィスの入り口には自動車専用船の模型(写真手前)がある。左耳に光るダイヤのピアスは宝石商の父から買った。
photo: Semba Satoru

学生時代から、「世界を相手に商売したい」と思っていた。しかし、希望していた商社には採用されず。車好きだったこともあり東京日産自動車販売(当時)へ。営業の成績は新人賞を取るほどだったが、学生時代から続けていた自動車レースの参加費用がかさみ、借金が800万円に。「返済が追いつかない」と思い、3年で会社を後にした。


その後、運送業や宝石販売などを転々とした揚げ句、たどり着いたのが中古車ビジネスだった。中古車売買のカーワイズで働き始めた山川は、新車販売で培った営業力で一気に成績を伸ばす。1年後には借金を完済し、その半年後の1999年には「ワイズ山川」として独立した。


ところが、02年から中古車の買い取りだけでなく輸出も始めたところ、困難に直面した。車を現地に送っても仲介者にだまされたり支払いがなされないなど、トラブル続きだった。出た損失はミャンマーで2500万円、ニュージーランドで2億5000万円にのぼった。


カーワイズの創業者で現在はグループ会社会長の山本泰詩(58)は、山川を見込んで独立資金も出資していたが、見かねて「もう輸出はやめた方がいいんじゃないか?」と声をかけた。 だが、山川は「もう1年やらせてください」と粘った。「次に同じことをやらなきゃいい。失敗したんだから、改めればうまくいくだろうって」


危機を救ったのが、アフリカとの出合いと、インターネットだった。当時、日本からアフリカに向けた中古車輸出は主にパキスタン人が担っていた。パキスタン人脈を活用したビジネスのノウハウは知られておらず、日本人の間では「マフィアが絡んでいるんだろう」「車の骨組みに麻薬をしこんで密輸しているんだ」などとうわさされていた。


山川は、親しくなったパキスタン出身者から、その市場が実はもうかることを聞きつけていたが、アフリカは「何が何だか想像がつかない世界」で、ちゅうちょしていた。


06年、日本にあった国外向け中古車販売のサイトに加盟し、車を載せ始めた。当初はスポーツカーを中心に扱っていたが、付き合いで引き取った、解体に回すような古い車を試しに載せたところ、耳慣れない国から注文が入るようになった。ジンバブエ、ウガンダ……。どこだそれ? 1万円以下で仕入れた車が送料込みで17万~18万円で売れた。

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