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[No.176]猪子寿之/Inoko Toshiyuki 「昨日今日起きていることに興味はない。今の瞬間の常識でしかないことを絶対的に信じるのはアホらしい」

お世辞にも猪子寿之(39)の第一印象は良いとは言えなかった。2011年暮れ、東京・渋谷のNHKで討論番組の収録が行われていた。休憩時間にスタジオ脇の通路で、身長187センチの大柄な男性が甘ったれた調子でスタッフに言った。「ちょっとおしっこ行きたいんだけど」。うわ、なんだこの男。周りにこんなに人がいるのに恥ずかしくないのか?


でも、そのヘンな男が番組で政治や経済をテーマに繰り出す言葉はやたらと心にひっかかってきた。「政治に興味を持てば世の中変わるなんて若い人に言うのは無責任。絶対、変わらない」「法律から『結婚』をなくしてほしい。結婚という概念があると、愛が減る」。突拍子もなく、核心をついてくる。この人いったい、何者?


あれから4年あまり。猪子が率いるチームラボはいま、世界のアートシーンの先端を走る。デジタル技術によって伊藤若冲が描いたゾウが動き出す。2300本ものランの花が天井からつり下げられた空間に分け入ると、人に反応して花々が徐々に上がり、目の前に道ができる――。


美術への関心が低く「アート不毛地帯」と言われる米国・シリコンバレーでの展覧会は、週末に行列ができる人気で関係者を驚かせた。ザ・ニューヨーク・タイムズ・スタイル・マガジンは「アート鑑賞のあり方を根底から覆す」と評した。シンガポールでは3月から、ソウルでは8月から大規模な常設展がオープンするなど、海外で高い評価を受ける。


歴史的には多くの芸術作品が個人の名前で発表されてきた。だが、チームラボは400人からなる技術者集団だ。プログラマーに建築家、数学者、絵師、デザイナー……。専門知識を持つ平均年齢29歳のメンバーたちが最新のデジタル技術を使ったものづくりを支える。「個人戦」ではなく「団体戦」を戦うことに、猪子は起業時から並々ならぬこだわりを持ってきた。


「僕はずっと公立校で学び、普通の均質的な教育を受けた。クリエーティブでもないし、新しい時代に適した人間でもない。集団的創造の場を作り、そこに身を置くことで自分を変えたかった」



文化祭前夜のノリの男


チームラボを友人5人で起業したのは東大在学中の2000年。「この場(チームラボ)を維持することだけを考えてきた」と猪子は言う。社員やその家族の生活がかかっているから、ではない。「みんなは専門があるからここがなくても生きていける。僕にはチームラボが必要。ここがあるから創造性も知性も高められる。なければ社会との接点を持てなかった」


徳島市で歯科医院を開業する家に生まれた。父は科学好きの職人肌。祖父は政治や芸術が好きで、祖母は敬虔(けいけん)なプロテスタント、母は熱心な真言宗の信者だった。「お父さんがテレビで進化論の番組を見始めると、おばあちゃんがガガガッとミシンをかけ始めるような家だった」。会話はキャッチボールではなくドッジボール。「いかによけるか」が大事だった。子どもの頃、カバンには恐竜図鑑と聖書と写経が入っていた。価値観の違う大人たちが共存する家で、「みんな言ってることが違う。そんなもんだと思ってた。できるだけ人が言うことは信じないようにしようと」。


きょうだいはいないが自宅はいつも友だちでいっぱい。母・美智子(64)によると「自分とは違う考え方をする人に魅力を感じる子だった」。上下関係や敵味方の区別に厳しい運動系の部活動とは距離を置く一方、高校の文化祭では実家の歯科医院の待合室に仲間を集め、深夜まで「お化け屋敷」の制作に没頭した。 当時からの友人で、チームラボ創業仲間の吉村譲(39)は猪子を「一生文化祭前夜のノリの男」だという。就職せずに起業する道を選んだのは、好きな友達と一緒にいたかったからでもある。


チームラボの人気作品の一つ「お絵かき水族館」は、猪子が理想とするチームによる創造(共創)の理念を象徴する。来場者がその場でクレヨンで描いた魚をスキャンすると、大型モニターに映し出された水槽の中を泳ぎ出す仕掛けだ。見知らぬ人たちが描いた魚も一緒に泳ぐ。 「他者が邪魔だという前提で、他人同士が折り合うためのルールが増え、自由が失われていく。そんな価値観をアートを通して変えたい。現実の世界は、敵でも味方でもなく、時に理解できない他者と共に作っていくものでしょう?」


「共創」によってつくられ、他者とともに楽しむチームラボの作品は、一人で成果を出すことを求められる現在の教育システムへのアンチテーゼでもある。「学校では個人主義を叩き込まれる。テスト問題を一緒に解いたら怒られるよね。社会に出たらチームでいかにいい仕事をするかが大事なのに」

閉塞感とは無縁の猪子の言葉を聞き出そうと、ネットメディアやテレビ、雑誌の取材が絶えない。猪子を「ニッポンのジレンマ」などに起用してきたNHKエンタープライズ・エグゼクティブプロデューサーの丸山俊一(53)は「ネット社会では、人は皮肉にも近代的合理性で動かなくなってきた。それを本能的に理解し、行き詰まりを打開する発想ができるところが面白い」と言う。

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