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[No.175]河合美宏/Kawai Yoshihiro 妻の江理子と。一時帰国した時は二人で散策するのが楽しみだ Photo: Sako Kazuyoshi

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グローバルな人材を育てる必要性が唱えられて久しいが、国際機関で活躍する日本人はなお、少ない。いたとしても、大半は中央省庁からの出向者だ。だから、スイス・バーゼルに拠点を置く保険監督者国際機構(IAIS)で事務局長をする河合美宏(55)に出会い、元々はサラリーマンで、30歳までは英語もろくに話せなかったと聞いて、驚いた。 幼少期の2年間はロシアで過ごしたが、学生時代の留学経験もない。なのに、言葉のハンディキャップを乗り越え、13年間も国際機関トップにいられるのは、なぜなのか。同じ1960年に生まれた者として、興味を強くそそられた。


3月、国際金融のルールをつかさどる金融安定理事会(FSB)の会合で一時帰国した河合に、妻で京大教授の江理子が暮らす京都で話を聞いた。人なつこい笑顔と、引き締まった体が印象的だ。 聞けば、学生時代はテニスに明け暮れたという。私立武蔵中高のテニス部で1年後輩だった森ビル副社長の森浩生(55)は、「とにかく真面目でストイック。朝7時からの自主練習を呼びかけて部を強くした。威張らず、自分が率先して背中を見せるタイプでした」。高1の時には全日本ジュニアテニス選手権で全国10位になり、現役で入った東大でも体育会テニス部で活躍した。


「テニスのおかげで入れた」と本人がいう東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)では、埼玉支店で4年間、営業を担当。ガソリンスタンド回りなどに追われたが、国際的な仕事に関わる日を夢見て、英語の勉強は欠かさなかった。


その後、労働省(現厚生労働省)に出向。その終わり近くの89年3月、海外の雇用政策調査で訪れたロンドンでの出会いが、人生を一変させた。


ロンドンの休日、河合は大学の先輩に紹介された女性に街を案内してもらった。当時、英国の投資銀行のファンドマネジャーとして働いていた江理子だ。米ハーバード大を卒業後、マッキンゼーで経営コンサルタントの経験もあった。帰国後、河合は連日のように手紙を書き、電話もかけた。7月に一時帰国した江理子に、意を決してプロポーズした。


 

「あなたがこっちに」で転身


結婚にあたって江理子は「あなたが会社を辞めてこっちに来たら?」と持ちかけた。90年4月、結婚式の1週間前に、河合は「退職して妻のいるフランスに行く」と会社に伝えた。上司は「何を考えているんだ」とあきれた。


その6月、河合はビジネススクールとして名高いフランスのINSEAD経営大学院に入学した。だが、授業を受ける前提となる8月のフランス語の試験で、いきなり「落第」。教師から「再試験は6カ月後」と言われたが、それでは1年後の卒業は無理だ。頼み込んで再試験を3カ月後にしてもらい、必死で勉強して合格した。卒業後、パリで経済協力開発機構(OECD)に4年間勤めた後、ポーランド政府の経済顧問の職を得た。


転機は98年に訪れた。IAISの本格的な活動開始を前に、ドイツ人の事務局長から事務局次長職に誘われたのだ。

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