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[No.169]岡田泰成/Okada Yasunari マニラの教会で、子どもたちと祈りを捧げる岡田泰成






フィリピンの首都マニラ。昨年11月上旬、ハロハロ本社には緊張感が漂っていた。誰一人しゃべらない静かなオフィス。机の上に並んだパソコンに向かい、フィリピンの若者たちが真剣な表情でカタカタとキーボードをたたく。社長の岡田泰成(51)が、男性社員の肩をたたき、冗談めかして英語でこう言葉をかけた。


「最近太ってきたんじゃないか」


どっと笑いの輪が広がる。110人が働く職場の雰囲気が一気に和んだ。


人なつこい笑顔。間を置かずにしゃべり倒す話術。目の下にクマを作りながらも、疲れをみじんも感じさせない。


「この国にエネルギーをもらってますから」


個人消費が国内総生産(GDP)の7割を占めるフィリピンでは、大型商業モールの建設ラッシュが続く。だが、岡田はその流れに逆らうように、ネットモールで勝負をしてきた。ハロハロ創業から4年余。登録店舗数は約8000、電化製品や衣料品、化粧品など約20万点を扱う同国最大級のネットモールに成長した。




高校中退、25歳で起業


フィリピンに渡ったのは5年前。大阪でウェブデザインやシステム開発の会社を経営していたが、人件費がかさみ、外注先として人件費も安いこの国に目をつけた。現地社員の育成を誰が担うか。部下の中に英語ができそうな適任者がいない。自分が行くことにした。中学の頃に成績が良かった英語には自信があった。


転機はすぐに訪れる。印刷物を頼もうとネットで検索しても店が見つからない。何を買うにも店に行くしかないが、渋滞に巻き込まれて時間が読めない。


「フィリピンで楽天をやるか」


資本金5000万円で会社を起こした。社名はタガログ語で「まぜこぜにする」という意味の「ハロハロ」。個性のある人材が集まることで相乗効果を生み、より高いサービスを目指すという思いを込めた。大阪の会社は後進に譲った。


行動力は折り紙つきだ。高校2年で中退。25歳で起業すると決め、資金集めのアルバイトに明け暮れた。パチンコ店員、トラック運転手、新聞配達員、建設作業員。「ホストもやってみたかったが面接で落ちまして……」


岡田が働いたレンタルビデオ店の店主だった原田健市(59)は「難しい仕事を任せたが、彼は弱音を吐かず、次々とアイデアを実現していた。将来の可能性に制約を設けなかった」と振り返る。


25歳。商業広告のデザイン会社を立ち上げた。絵を描くのは好きだがデザインはやったことがない。何冊も本を買って独学し、電話帳で印刷会社を探し出し、飛び込み営業で顧客をつかんだ。


失敗は数えれば切りがない。


一番こたえたのは大阪で開いたカフェ。経営の多角化を狙い、銀行から2億円を借りて始めたが1年半で閉店に。食事も取れず、自宅の床に寝転がる日が続いた。「でも、死ぬ以外に本当の失敗はない」。そう思うと気持ちが楽になった。


責任転嫁が嫌い。言い訳も嫌い。岡田の部下だった坂野広通(42)は「サラリーマン根性丸出しでは、彼と仕事をするのはきついでしょうね」と笑う。


ハロハロも最初から壁にぶち当たった。ネットで買い物をする習慣のないフィリピンで、登録店舗をどう増やすか。利用者をどう引きつけるか。思いついたのが「カウントダウン割引セール」。1時間に1%ずつ価格を下げていき、商品が売れるまで続ける。とにかく安く買いたい利用者からのアクセス増が期待でき、店舗も在庫処分や商品の宣伝にこの仕組みを使えるのではないか。狙いは当たった。ハロハロの知名度は高まった。


その知名度を生かして岡田は動く。実質失業率が30%近いとされるフィリピンで雇用創出に貢献したい。雇用労働省などを説き伏せ、官民連携で無料の求人紹介サイト「ハロハロジョブ」を開き、飲食店などを紹介する情報サイト「ハロハロタウン」も始めた。不動産会社、旅行会社、金融機関など異業種とも次々と手を組み、月間ページビューは最大4000万、会員数は220万人に増えた。昨年9月には黒字化も果たした。


GMOクラウド社長の青山満(48)は、友人の岡田を「青臭いことを言うだけでなく、やると決めたらできるまでやる。修行僧のようだ」と評する。





(次ページへ続く)

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