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[No.128]坪倉正治/Tsubokura Masaharu 週の半分、福島・浜通りで診療するようになって3年が過ぎた。「多くの人に助けられ、無我夢中だった」





「何が原因でしょうか。体は大丈夫ですか」。東京電力福島第一原発の北23キロにある福島県南相馬市立総合病院。4月下旬、白衣姿の坪倉正治(32)が、被曝検査の結果について、60代の女性の相談にのっていた。この日は週1回の「被曝外来」だった。


女性の体からは、ごくわずかだが、放射性セシウムが検出された。食生活などを質問すると、地元の干し柿が疑われた。成人では健康への影響が心配されるような数値ではなかった。しかし、被曝への感じ方は個人差が大きい。坪倉は「大丈夫」とは言わず、女性の希望を聞いて、食事の注意点と、2、3カ月後の再検査をアドバイスした。


東京大医科学研究所の研究員でもある坪倉は、2011年3月の原発事故の1カ月後から東京と福島を往復する生活を続ける。いまも週の半分は福島で診療や被曝検査を行い、健康相談にのる。


きっかけは、1本の国際電話だった。11年4月初旬、婚約中の万結子(32)と、セーヌ川の遊覧船に揺られている時に携帯が鳴った。パリで国際学会を終え、3日間の休暇中だった。


「いつ帰ってくる? 福島に行ってもらえないか」


東京大医科学研究所の指導教官、上昌広特任教授(45)からだった。被災者の医療支援プロジェクトを行っていた。 「はい」。即答した。大阪市出身の坪倉は、中学1年の時に阪神大震災を経験、東日本大震災の被災地支援に加わりたいと考えていた。南相馬市立総合病院は、事故前に14人いた常勤医が4人に減り、深刻な医師不足だった。


しかし、万結子は被曝を心配した。「なんで、あなたが行かなきゃいけないの?」。パリのホテルで泣き出した。 血液内科が専門で、被曝の知識が多少あった。「だれかが行かなあかんやろ。心配せんでええよ」と説得した。



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