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[No99]照屋朋子/Teruya Tomoko いつも周りに人が集まる。「言葉の力」があり、思わず話に引き込まれてしまう。

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「イメネゲレー(笑って)!」。照屋朋子(28)の声に、民族衣装を着た16人の笑顔がはじける。モンゴルの孤児院「太陽の子ども達」の児童と卒院した若者たちだ。昨年11月、東京・銀座のホールでモンゴルの伝統芸能を披露するコンサートが始まろうとしていた。


舞台の幕が開くと、楽器を抱えて椅子に座った8人がスポットライトに浮かび上がった。バイオリンに似た馬頭琴の乾いた音色がホールに響き、弦が100本を超える揚琴の複雑な調べも加わる。雄大な大地を思わせる低音が心地いい。


古代の衣装をまとい、当時の狩猟や乗馬の様子を表現した踊り。のどをふるわせて高音と低音を同時に出す遊牧民の歌唱法「ホーミー」。1時間のコンサートが終わるころ、会場を埋めた500人は立ち上がって拍手をしたり、目にハンカチをあてたりしていた。


孤児院には、楽器や歌、舞踊などを教える学校が併設されている。そこで身につけた伝統芸能を日本で披露し、収益を孤児院の運営のために役立てる。照屋は2008年から、そんなコンサートを毎年のように開いている。


舞台に上がった照屋は力を込めた。「物乞いではなく、自分のパフォーマンスでお金をもらう。このことは、ものすごい自信につながるんです」。150センチたらずの体が、ぐっと大きく見えた。



突き返されたお金



モンゴルの真冬は気温が零下30度まで下がる。親と死別した子や、虐待で行き場のない子らはマンホールで寒さをしのぐ。「マンホールチルドレン」はいまでこそ減っているが、1990年代には3000〜4000人いたとされる。


照屋は高校1年のとき、マンホールチルドレンの写真展で、幼い男の子を撮った1枚の写真に出あった。耳や唇、まぶたがネズミにかまれて腫れ、皮膚病で髪の毛がない。6歳になるのに、どう見ても1歳くらいで、ハイハイしかできないという。


照屋には6歳下と8歳下に弟がいる。2人と同じ年ごろの男児の壮絶な姿に、「ショックで体に稲妻が走った」。すぐに学校のボランティア部に入り、将来は弁護士になって途上国の子どもたちの環境を変えたい、と思うようになった。


「そんな壮大な夢を、どうやって実現するの?」と言われたこともある。たしかに、一気に世界を変えるのは難しい。でも、一人の子どもから始め、一つの施設、一つの国と支援を広げていけば壁を突破できるのでは。そう考え、原点のモンゴルを訪れた。04年の夏、大学2年のときだ。


首都ウランバートルから、広大な草原を車で走ること4時間。ロシアとの国境近くのダルハン市の草原に、平屋建ての「太陽の子ども達」がぽつんと立っていた。近くでは、牛や羊が遊牧されていた。


約20人の孤児と5日間ほど寝起きをともにした。押し花をつくり、牛を追いかけ、星空の下で歌った。幼いころからマンホールで暮らしていた子。両親が亡くなった後、親戚の家で虐待されていた子。笑顔の裏には重い過去があった。帰国後、知的障害のある13歳の少年の作文が届いた。「トモコというお姉さんに出会った。母の愛を感じた。次はいつ会えるの?」。この後、大学が休みになるたび、モンゴルに足しげく通うようになる。


法科大学院に進んで間もなく、孤児院の所長エルデネ・チョローン(56)からメールがきた。「NGOの支援がなくなった。助けて」。モンゴルの孤児院の多くは、外国のNGOの支援で運営されている。照屋は大学院を休学。友人らとNGO「ゆいまーるハミングバーズ(現・ユイマール)」を立ち上げ、孤児らに奨学金を支給しようと考えた。「ゆいまーる」とは、照屋のふるさと沖縄の方言で「助け合い」のこと。「上から目線でなく、ゆいまーるの精神で支援しよう」との気持ちを込めた。


親戚や友人に頭を下げ、半年かけて40万円を集めた。モンゴルでは大学生2人の年間の学費と生活費をまかなえる。ところが、モンゴルを訪れると、孤児院の所長や職員はみな表情が硬い。1人が言った。「この前、子どもたちにあれこれ尋ねていたそうだが、職員の怠慢を外に訴えるつもりか」。まったくの誤解だと説明しても、お金は受け取ってもらえなかった。


途方に暮れたが、孤児らのことを思うと投げ出すわけにはいかない。帰国後、かねて応募していた「イノベーション・グラント」の審査で、思いのたけをぶつけた。このグラントは、ベンチャー経営者らが有望な社会起業家を助成する仕組みだ。審査にあたったイデアインターナショナル社長の橋本雅治(51)は「組織のマネジメントや判断力はまだまだだが、パッションは誰よりも強かった」と言う。


審査の結果、照屋は100万円の助成金を得た。「まだ学生だが、彼女は子どもたちのことを考えて頑張っている」。日本のNGO関係者らが、孤児院側にそう伝えてくれて誤解がとけた。



てるや・ともこ

1984年、沖縄県那覇市生まれ。早稲田大学法学部国際関係コース卒業。JICA中国経済法・企業法整備支援プロジェクトに従事する。上智大学法科大学院に在学中の2007年、NGO「ゆいまーるハミングバーズ(現・ユイマール)」を設立した。2011年、世界経済フォーラムが選ぶ20〜30代のリーダーたちのネットワーク「グローバル・シェイパーズ・コミュニティー2011ジャパン」の30人に入った。今月、大学院を修了する予定。



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