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[No90]佐々木芽生/Sasaki Megumi 贅沢な宣伝費も、有力なコネもない。「一人ひとりに伝えるしかない」

エンパイアステートビルから歩いて8分。マンハッタンにある雑居ビルの2階は、20人以上のデザイナーらが共同でフロアを使っていた。佐々木芽生(50)のスペースは、二人が座れるほどしかない。映像の編集に使うパソコンがいや応なく大きく見える。ここが佐々木の映画づくりの拠点だ。


デビュー作は、ニューヨークの元郵便局員ハーブと、公立図書館の元司書ドロシーの老夫婦が主人公のドキュメンタリーだ。二人は30年近くにわたり薄給を割いて現代アートを買い集め、1LDKのアパートを絵画やオブジェで埋め尽くした。4000点あまりになった「宝の山」を、ワシントンのナショナル・ギャラリーに寄付するまでを追った。タイトルは、そのまま「ハーブ&ドロシー」。4年前に公開されると、全米各地の映画祭で評判になった。


佐々木はいま、続編「ハーブ&ドロシー50×50」の制作で忙しい。老夫婦の寄付した現代アートが、50点ずつ全米50州の美術館に散っていく物語だ。二人の人物像に焦点を当てた一作目に対し、今度は彼らのアートの素晴らしさを前面に出すという。


デビュー作には50万ドル(約4000万円)かかった。「50×50」も40万ドルほどかかりそうだ。第一作が評価されても、すぐスポンサーがつくわけではない。佐々木は大手配給会社に頼らず、ネット上で賛同者から資金を集めるクラウドファンディングの「モーションギャラリー」に期待を寄せている。


昨年11月、ニューヨークで開かれた資金集めのパーティー。体が弱って背中を丸めた小柄なハーブに、一回り年下のドロシーが寄り添い、佐々木が何度も声をかける。まるで親子のようだった。


ある銀行強盗の告白



大学を出て映画配給会社に就職したものの、体調を崩して2年あまりで退社。インドを放浪した後、ちょっとのつもりで寄ったニューヨークに居着いた。ベルリンの壁が崩壊した直後の東欧を旅して新聞や雑誌に寄稿したり、NHKのドキュメンタリーづくりに携わったりした。


ハーブとドロシーのことを知ったのは、同時多発テロの衝撃が残る2002年2月。ナショナル・ギャラリーで二人が寄付したコレクションに出合い、「おとぎ話が現実にあるんだ」と驚いた。人が幸せに生きるとは? そんなことを考えさせられた。


調べてみると、夫婦が現代アートを寄付したのは1992年で、すでに10年がたっていた。当時の報道に目を通してみたら、「どれも表面をなぞっただけにしかみえなかった」。しばらくして、あるパーティーで夫婦にばったり出会って「運命」を感じ、1週間後、二人の自宅に押しかけた。金魚にえさをやったり、いっしょに食事をしたりして関係を築きながら、カメラを回した。最初は、30分くらいのテレビ番組のつもりだったが、「映画にしたい」と思うように。完成まで4年もかかった。


ささき・めぐみ


1962年、札幌市生まれ。青山学院大学仏文科卒業。映画配給会社「東北新社」勤務をへて、87年に渡米。ニューヨークのNHK総局でキャスターやリポーターなどを経験した後、96年に独立してテレビのドキュメンタリー制作に携わる。2008年に初めて監督・制作を担ったドキュメンタリー映画「ハーブ&ドロシー」が、米ハンプトン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー作品賞を受賞するなど、高い評価を受けた。現在、来年春の公開を目指し、続編を制作している。イルカをめぐる日本と欧米の価値観を考える作品も企画中だ。

(次ページへ続く)

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