TOPへ
RSS

Break-through 突破する力 神田裕行

 

とりあえずのビールを飲み干して、グラスの薄さと軽さに気がついた。液体だけを持ってもらう仕掛けだという。この一杯で、店の格を意識する人もいるだろう。あとで量らせてもらうと63g。卵1個、新聞紙3枚ほどの重量である。
 

一見(いちげん)の客であれば、店主の神田裕行(47)も最初の一杯に注目している。何をどんなペースで飲むか。ビールをグイと空ければイケる口とみて、料理はしばらく酒肴(しゅこう)中心の組み立てとなる。

カウンター割烹(かっぽう)の命は、そうしたライブ感覚だという。日本酒を楽しむ客と、ワインで通す客に同じ料理は出せない。ワインでも白の飲みっぷりに勢いがあれば、いずれ赤に移るだろうと、2品後に肉料理を用意させる。即興が延々と続く。

神田は、包丁を握りながら客をあしらい、従業員を統率する。毎晩がカウンターを挟んだ真剣勝負。非常口はない。「逃げも隠れもできないから、逃げ隠れしなくてもいいように精進しています」

逢瀬(おうせ)には明るすぎると評される店内に、ピリピリした空気はない。なにしろ、店主が背中に団扇(うちわ)を差している。炭火をおこすためというのは表向きで、郷里の阿波踊りをこよなく愛するお祭り男なのだ。

無論、さりげなく会話を聞いている風だから油断できない。関心は言葉遣いらしい。その男女は夫婦か恋人か友達か、はたまた上司と部下か。それによって、例えばミニしゃぶの鍋を一つにするかどうかを決める。カウンターが8席なのは、10席では端まで目配りできないからだという。

旬の松茸(まつたけ)を焼いて、握り寿司にして出してきた。「温かいうちに」と続けて2かん。食べ終わると「一つ目が韓国、次が岩手産。わかりました?」。そんなことをする。
かと思えば、調理場から出てきた焼き魚のノドグロをひと目で却下、店主も一瞬、のれんの向こうに消えた。身の反り加減や色から、焼きが30~60秒浅いとみたそうだ。ライブの主は、己の手元に集中しながら客席と楽屋に目を配る。

使う昆布は羅臼産。鰹節(かつおぶし)は本枯れ節から血合いを除き、毎日削る。昆布から取った出汁を85度まで熱し、鰹節は投入から30秒で引き上げる。旨みが一から十まであるとすれば、五まで出して捨てる感覚だ。淡麗な出汁はすべての料理のベースになる。

計算され尽くした味に食道を洗われ、1年分ほどの出汁を飲んだ感覚で店を出た。体は正直だ。その晩、夢に神田が出た。

(次のページへ続く)

自己評価シート

 

 

 

 

 

 

 

自分にどんな力が備わっているのか。何が強みなのか。編集部が10種類の能力を示し、自信がある順に並べてほしいと頼んだところ、神田さんは一つを差し替えて答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

神田裕行(かんだ・ひろゆき)

1963年、徳島市生まれ。高校卒業後に大阪で板前修業。
86年に渡仏、日本料理店を任される。
91年に帰国し結婚。故郷の名店「青柳」に入社。
98年、青柳が出した「赤坂basara」の料理長に。
04年に青柳を退社し、東京・元麻布に「かんだ」を開業する。
07年創刊のミシュラン東京版で三つ星を獲得、以来3年続けて星を保っている。近著に「日本料理の贅沢」(講談社現代新書)

12

次へ>

 

 

 

 

 

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

 

 

世界のどこかで、日本の明日を考える 朝日新聞グローブとは?

Editor’s Note 編集長 新創刊のあいさつ

 

このページの先頭へ