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Break-through 突破する力 佐藤芳之


安っぽい同情や哀れみからは、真の援助は生まれない。だから、ビジネスにこだわってきた。

北風が吹きつける昨年11月、東京・日比谷のホテル。一時帰国したケニア有数の食品会社ケニア・ナッツ・カンパニー(KNC)の社長、佐藤芳之はルワンダの駐日大使と向き合っていた。

まだ大量虐殺の傷跡が残るルワンダで、佐藤は2008年からバクテリアを利用した公衆衛生事業を立ち上げている。将来、現地の人たちの手で事業を続けられるよう、ルワンダ政府にも協力してほしい。愛飲するドライマティーニを片手に佐藤は大使にゆっくりと切り出した。

「アフリカの自活に必要なのは仕事をつくることです」

小さいころに読んだ野口英世の伝記が縁の始まりだった。野口は佐藤が当時住んでいた宮城県の隣、福島県の出身。身近に感じた。黄熱病の研究中に自ら感染した野口が倒れたのが、ガーナだった。遠い国に思いをはせた。

都立小石川高校時代には「アフリカで働こう」と気持ちを固めた。1963年に日本の大学を卒業後、念願のガーナ大学に留学した。

今も忘れられない光景がある。
「アフリカ全土が手を取り合い、ユナイト(団結)しよう。そうすれば、世界を相手に我々も力を発揮できる」

「汎アフリカ主義」を考えようと首都アクラで開催された国際会議。あこがれていた初代大統領クワメ・エンクルマの演説に、全身が震えた。1世紀に及ぶ暗黒の植民地支配から目覚めようとしている若い力。「ユナイト」という言葉に可能性を感じた。

「自分も何かしたい」。考え続けて導き出したのが「ビジネスでの貢献」だった。一時帰国後、今度はケニアに渡って日系企業に就職。経験を積んだ後、鉛筆製造と建材を扱う会社を起業した。

1973年、たまたま訪れたナイロビの農業試験場で、場長の机にあった木の実が目にとまった。深緑色の硬い殻で、大きさは栗一粒ほど。乳白色の実をかむと、口全体に甘みが広がった。

それが、マカダミアナッツだった。「うまい。絶対に商売になる」。政府や明治製菓の協力をとりつけ74年、ケニア人社員7人と現在のKNCを立ち上げた。

(次ページに続く)

自己評価シート

 

 

自分にどんな「力」が備わっているのか。何が強みなのか。編集部が用意した10種類の資質に順位をつけてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐藤芳之(さとう・よしゆき)

1939年生まれ。
宮城県志津川町(現南三陸町)で幼少期を過ごす。63年、東京外国語大学インド・パキスタン語学科卒業、同年ガーナ大学に留学。66年から5年間、ケニアで日系繊維企業に勤務。74年、ケニア・ナッツ・カンパニーを起業。08年、ルワンダでバクテリアを利用した公衆衛生事業会社「オーガニック・ソリューションズ・ルワンダ」を設立。

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