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Break-through 突破する力 芝原仁一郎

95年、荷物をまとめてカナダに渡った。牧場で働きながら、ロデオ学校に1年間。牛と馬の乗り方は覚えたが、生計が立たない。以来、冬から春は東京でアルバイトをして資金をため、夏から秋に米国かカナダで牛に乗る生活を続けた。

米ユタ州を拠点にロデオの盛んな州をわたり歩く。日系アメリカ人の選手ならいるが、日本から毎年ロデオのために渡米する選手はほかにいない。

芝原が登場すると、場内放送が大仰な紹介をする。「日本からやってきたサムライ!」。歓声が響く。牛の背で芝原が右手を宙に上げた瞬間、8秒間の勝負が始まる。鉄門が開き、牛が暴れ出す。ロープが左手に食い込み、牛が旋回する。猛烈な蹴りで上体を揺さぶられ、急な回転で体が水平に振られる。それでもバランスを取り戻すか、あえなく頭から落下するか――。

競技は100点満点で、人に50点、牛にも50点。うまく8秒乗り切ったとしても、牛が暴れてくれないと合計点は低くなる。乗る牛は、競技直前に抽選で決まる。毎回どんな牛と出会うのか、そのハラハラ感がたまらない。本番前には必ず顔つきを見に行く。全米規模の大会に出た実績のある牛はどれも独特の貫禄をたたえる。

乗ってみると、蹴りが強いのもいれば、旋回が速いのもいる。落とした後で執拗に襲いかかる牛もいるから要注意だ。様々なタイプの牛を乗りこなせば、年に数億円を稼ぐこともできる。

8秒未満での敗退が続くと、弱気になる。スランプに見舞われたアマ7年目、ロデオをやめようかと真剣に悩んだ。

迷った末に芝原が訪ねたのは、ロデオ指導術で知られるゲーリー・レフュー(65)のカリフォルニア州サンタマリア近くにある牧場だった。レフューは元全米チャンピオンで、若手の資質を見いだす伯楽としても著名だ。

「自分はブルライダーにしては背が高すぎる」「米国人と違って幼いころから牧場で馬や牛に親しんでいないから不利だ」。そんな悩みを聞いてもらいながら、2週間泊まり込みで特訓を受けた。

芝原によると、ロデオで有利なのは小柄で軽量な競馬の騎手のような体格。レフューはしかし、長い足を曲げて重心を下げ、上体を前傾させる乗り方を徹底して教え込んだ。芝原の動きを映像で見せ、かつての名選手のスロー映像との違いも教えた。

「重心が何だ、牧場育ちが何だ。お前はブルライドが何より好きじゃないか。ならば夢は追え。とことん追ってみろ」。レフューはそう言って芝原の背をぐいと押した。

「38歳はロデオ選手にしては高齢すぎませんか」という記者の問いをレフューは即座に否定した。「ブルライディングは気持ちで勝負が決まる。メンタル面を強化できればまだ伸びる。41歳で世界チャンプになった選手もいるんだ」

「ロデオは日本人には不向きな種目ではないか」と尋ねると、「それはたわごとだ。彼の精神力を見習えとおれはアメリカ人の若造たちに言ってる。一流になれなかったら、早々に引退しよう、引退したら結婚して家を建て、牧場と子育てに専念しようなんて甘ったれたことを考える連中とは違う。彼の情熱はすごい。人生に真っ向勝負だ。こんな日本人、おれは見たことないね」。

芝原の暮らしは質素だ。ロデオ仲間のルイ・ジョーンズ(31)と親しくなり、滞米中はユタ州にある彼の実家に居候させてもらう。家賃代わりに、ジョーンズの両親の食事を作り、ゴミを片づける。車は20年落ちのホンダ車で、もう29万キロも走った。遠征先では車内で眠る。

ジョーンズが言う。「あれほど倹約して(旅費など)ロデオ資金を捻出しているのを見ると、ロデオ好きなら絶対、応援したくなるよ」

〈大組織の歯車になってケチな人生送るやつは二流、貧乏でも独力で夢を追う男こそが一流だ〉。ロデオが盛んな米西部にはそんな気風がある。

芝原の生き方は、ロデオ好きの心のツボを快く刺激する。気っ風がよくて世話好きで、都会が苦手で、多くは共和党支持者。そんな人々に共通するツボだ。

「ロデオは危ない。お願いだからもう見切りをつけて日本に帰って」。

日本に住む母親から芝原はそう懇願されている。いずれ見切りはつける。でも競技から引退した後も、米国かカナダを拠点に中年カウボーイとして生きていくつもりだ。

自己評価シート

 

芝原はこの15年、ロデオのことばかり考えて生きてきた。「不器用なので同時に二つのこと、三つのことを並行してこなせない。でも15年もロデオに熱中し続けられたのは、たぶん継続する力があったのでしょう」。だから最上位に「持久力」を選んだ。

今、何よりも高めたいのは7位に選んだ「集中力」だと言う。ブルライディングでは瞬発的な動きができないとたちまちふり落とされてしまう。運動神経には恵まれた芝原だが、「ブルを乗りこなすには今より数段上の集中力が必要。これからの課題です」と話した。

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