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Break-through 突破する力 岸良裕司

「談合、不祥事、無駄遣い。公共事業のイメージって、こんな感じですよね」

昨年12月、東京都小平市。国交省の研修施設で、岸良は聞き手の顔を見つめた。08年から年4回、出先機関の幹部らを対象にした研修の講師を引き受けている。

参加者の表情が一瞬こわばった。

岸良 「たとえば、空港に友人を迎えに行くとする。何分前に家を出ますか」
参加者 「30分前です」
岸良 「じゃあ前原大臣だったら?」
参加者 「2時間前ですかね」

ここで岸良は、責任感が強くなるほど人は「サバ」を読む、と説く。

工事でも「無駄」は責任感の固まりだ。その責任感をみんなが出し合って一つにまとめられれば、全員が工期短縮に向けて協力できる。そう論を進めると、参加者の表情は次第に明るくなった。

……………

父は埼玉県川口市で鋳物屋を営んでいた。大粒の汗をかきながら型をつくる職人の姿を見て育った。愚直に問題と向き合い、改善を繰り返す「ものづくり」にあこがれ、84年に京セラに入社した。

翌年。プラザ合意後の円高で、「日本の輸出産業は壊滅する」と言われた。しかし、職場の壁に改善グラフをはり付けてコスト削減に挑み、会社は3カ月で黒字を回復。「状況の悪さは、飛躍的に改善できるチャンスでもある」と学んだ。

社長候補との呼び声もあった岸良に転機が訪れる。03年、建設業界向けのソフト開発会社にヘッドハントされたのだ。グループ社員6万人の大企業の課長から、約200人の中小企業の取締役へ。

「断ってくる」。そう妻に告げて面接に臨んだが、赤字に苦しむ経営者を前にして心がぐらついた。テレビの討論番組で見た公共事業の根深い闇。自らの手で問題を解決すれば、建設業界全体が変わるかも、という野心も背中を押した。

転職先で岸良は、赤字の原因が過剰なマニュアル管理だと見抜き、重要な問題ほど社員が気軽に話し合う環境を整えた。業績は1年で黒字に転換した。同じような問題は顧客にもあった。いつしか建設業者からも相談を受ける立場になっていた。

「なぜですか?」「なぜですか?」

岸良は、業者との議論でそう繰り返す。その過程で、「予算がつかないサービス工事のせいで利益が出ない」と考えていた業者が「工事の段取り次第では利益の余地がある」と気づくようになる。

06年、論文を仕上げた。「発注者起点の『三方良し』の公共事業改革」。三方良しとは、売り手、買い手だけでなく、社会全体をよくする商取引でなければならない、という近江商人の経営理念だ。

その論文に反応したのが、『ザ・ゴール』などの著書で知られるイスラエルの物理学博士にして経営コンサルタント、エリヤフ・ゴールドラットだ。講演で来日した際、都内のホテルに岸良を呼び出し、30分にわたり、どのように解決策を導き出したかなど、矢継ぎ早に質問を浴びせ、最後に「世界を変えるのは、お前だ」と称賛した。岸良は、博士が運営するコンサルティング会社にヘッドハントされた。

フランス、ロシア、インド、オーストリア、イスラエル、コロンビア、ブラジル、韓国。岸良は世界を飛び回る。論文も英、中、韓などの各言語に翻訳され、海外の書店に並ぶ。

もっとも、改革は簡単には進まない。ソフトウエア会社の役員時代から公共事業改革にかかわる岸良に対し、自治体や建設業者から「結局はソフトを売りつけたいだけでは」と、いぶかられることもある。岸良の考えに反感を持つ人たちもまだ多い。

それでも、岸良に焦りはない。劇的な解決策であれば、誰もが痛みを伴わずに幸せになれると信じている。しかも、問題の解決策は決まってシンプルなのだ。

「知的な愚者は、物事をより大きく、より複雑にする。逆方向に進むには、少しの創造的才能と、とてつもない勇気が必要である」。尊敬する物理学者アインシュタインの言葉を思い起こせば、迷いは消える。まだ残る官民の壁を行き来する日々は、終わりそうにない。

自己評価シート

 

1位に選んだのは意外にも「運」。前例踏襲していれば、うまくいった時代が終わりを告げ、「必死になって考え抜かないと問題を解決できない時代に、僕はたまたま生きていた」と話す。

続く2位は「体力」。岸良が愛してやまない妻、真由子は「寝ている以外はずっとハイテンション。電池仕掛けみたい」と評する。ちなみに、真由子は児童絵本作家。岸良が執筆した本にも「サバよみ虫」や「たすけタイ」など、かわいらしいキャラが登場する。

岸良が経営に持ち込んだのは、「Cause & Effect(原因と結果)」の探究。精神論でごまかさず、ものごとの「つながり」をわかりやすく提示することで、人に納得感を与える。

ただし、つながりは簡単には見つからない。試行錯誤しながら、自分が考えた仮定と現実をつなげていく。つながった時、人は喜びを知る。

「簡単にできるゲームって面白くないでしょ」と岸良は言う。ゲームも試行錯誤しながら壁を越えていくところに楽しさがある。「人は本来、失敗を楽しめるものなんです」

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