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もともと川名は舞台俳優だった。劇団四季に入団し、出演した「ジーザス・クライスト=スーパースター」では、キリストの使徒の役や、ヘロデ王に仕える花魁を演じた。
子供向けのミュージカルやテレビの連続ドラマにも数多く登場。時代劇でかつらを着けてチャンバラをやったこともある。
役者として限界を感じたのは、ちょうど10年目にさしかかったころ。タイツをはいて日々の屈伸運動をする自分になじめず、「一生の仕事ではない」と思うようになった。
93年、映画を勉強するつもりで渡米。劇団四季の先輩に誘われてロサンゼルスからニューヨークに移り住む。日本の大手芸能事務所の仕事をしながら、大学で映画学を勉強し、ブロードウェーに通い詰め、プロデューサーの道に。
最初に直面したのは英語の壁だ。舞台鑑賞なら何とかなっても、出資者探しや弁護士との交渉となると片言では済まない。夜、帰宅すると両耳の脇が痛くてたまらない。英語を聞き取ろうと一日中、耳にギュッと力を入れ続けたせいだった。
それでも、必要に迫られて台本を読みあさったおかげか、口語ならではの言い回しが少しずつ増えた。
「通訳を介した商談でブロードウェーに根を張ることはできない」と自分流の英語を貫き、今ではオーディションから配当の説明まですべて英語でこなす。
しばしば指摘されることだが、米国のショービジネス界は劇場主から演出家まで名のある人物はユダヤ系がほとんどだ。川名にすぐれた企画力があっても、十分な資金力を示さないと相手にされない。「君に日本公演を任せたい」などと二流、三流の作品を押しつけられるばかりだ。
ブロードウェーではプロデューサーの評価は、見ごたえのある作品を制作できるか、「エンジェル」と呼ばれる出資者をどれだけ集められるかで決まる。作品ひとつの立ち上げに10億~20億円が必要とされる昨今、大口のエンジェルを何人抱えるかが勝負の分かれ目になる。
川名は、ブロードウェーでふるわなかった作品を日本へ輸出する仕事の誘いを固く断ってきた。成功した作品の日本公演なら引き受けたが、それよりも、川名が心底、夢中になれたのは、まだ誰も見ていない意欲作をブロードウェーでヒットさせる仕事だった。
「私がほれ込んだ作品を、東京や大阪ではなく、本場の米国で上演したい」
情熱あふれる口調で説いて回り、日本国内でもエンジェルを開拓した。これまでに制作にかかわった「Legally Blonde」と「West Side Story」が実際にヒットしたこともあって、10年前に百万円単位だった川名の資金調達力は億単位に達した。
「Catch Me」が川名にとって格別なのは、「Above The Title」と呼ばれるポストに到達できた喜びがあるからだ。公演プログラムで、作品名より高い位置に名前が書かれるプロデューサーらを指す。プロデューサーとして一本立ちできた証しだ。
意外なことに、ブロードウェーはこの不況下でも活気に満ちている。年間1200万人が足を運び、売り上げは900億円を上回る。「ショービジネスの世界に与えた打撃でいえば、不況よりもむしろ9・11テロの方が深刻でした。路上から笑いが消え、ショーを楽しむ雰囲気ではなかった」と川名はふりかえる。
劇場街のまん中にあるレストラン「サーディーズ」には、人気俳優や脚本家、作詞・作曲家の似顔絵が壁一面に約700枚掲げられている。一つの作品を世に出すのには、3年から5年はかかる。この先、自分がほれ込んだ作品をひとつでも多くプロデュースし、できるだけロングランさせたい。そんな努力が認められ、いつかこの店に自分の似顔絵を掲げてもらうのが、川名の夢である。
(文中敬称略)

「これは難問ですね。自分にどんな資質があるかなんて、考えたこともありません」
。自己分析はじっくりと進んだ。
協調性が最下位なのはなぜ? 「子どものころから僕には協調性がまったくなかった。
ここブロードウェーでは自己主張しない人間はやっていけない。自分の考
えを前面に押し出すことで今、やっていけているわけで、協調性は今もないと気
がつきました」
行動力が一番の資質? 「行動力が過剰で、無駄な行動もしてしまうのが欠点
ですね。落ち着きのない子どもで、親も困っていました」
語学力は? 「留学経験もないし、英語にはずっと苦労してきました。 でも、日々の仕事で使うのは100%英語ですし、今は通じてはいますから、 7位あたりかなと」