TOPへ
RSS

Break-through 突破する力 三宅純

実は、多くの日本人は三宅の曲をすでに耳にしている。ソニー、パナソニック、トヨタ、資生堂、キリンビール――2005年にパリに拠点を設けるまでの東京時代、2500以上のCM曲を世に送り出したからだ。
ソロアルバムが13枚。舞踏界の巨匠ピナ・バウシュら、作品の提供先には錚々たる世界的アーティストの名が連なる。
「一点突破すべき壁は、僕にはない」と言う。あるとすれば、音楽ジャンルや、表現する場所の壁。そこを「浮遊する異分子」のように自由に行き来する強い意思と、軽い身のこなしを持ち合わせてきた。
「僕にとって壁は破るものではなく、『抜ける』ものだと思う」
12歳でマイルス・デイビスを聴いた。トランペットにのめり込み、師と仰いだ日野皓正の勧めで渡米、バークリー音楽大学に学んだ。

しかし、1981年の帰国間際、デイビスの復帰公演に出かけ、「ジャズは終わった」と悟る。
「ピカソのようにスタイルを変えながら天才であり続けた彼が、かつて自分でつくった様式を壊せず、新しいものを提示できなかった」
23歳で戻った日本のジャズ界にはさらに失望し、距離を置いた。徒弟制度が幅をきかせ、「ジャズの様式美を守るための掟」ばかりが目についた。
それでも、トランペットにはこだわった。83年のデビューアルバムは全曲、自分の演奏を中心に据えた。
やがてCM曲の依頼が舞い込むようになる。15秒から30秒の瞬間芸。「どう世に投げかけられ、反響があるかに興味がわいた」
バブルの頃だ。日本のCMは黄金期で、先端的なクリエーターが結集していた。注文とは別に、全く異なる実験的な曲を用意すると、おもしろいように採用された。
「自分が前面に出なくても、波紋は起こせる。音楽が作用すればそれでいいと思えた」

88年に発表したアルバム「永遠乃掌」では、もはやトランペットは主役ではなかった。インドネシアの伝統楽器ガムランとエレキギターを交錯させるなど、異種交配を本格的に試みる「作曲家」がそこにいた。
90年代に入ってバブルが崩壊すると、CMに対する世間のこだわりは後退した。「あの流行歌とそっくりの曲を」。そんな依頼に最初は反骨心から抵抗もしたが、やがてそのかいすらなくなった。
「海外に再び身を置こうか」
だが、95年に離婚。突然、弁当を作って8歳の娘に持たせ、添い寝するシングルファーザーになった。娘の高校卒業まで待った。
どうせなら、言葉も通じず、地続きで国境が接するところへ。47歳。パリ行きを決行した。

パリでは当初、ミキシング担当のフランス人、フィリップ・アブリルと対立した。「歌手は楽器の一つにすぎない」と主張する三宅と、「この国では歌をしっかり聴かせなくては」と反論するアブリル。バックトラックと歌のバランスをめぐり、「お互い満足できるポイント」を探し当てながら仕上げたのが「Stolen from strangers」だった。
異邦人から盗んだ記憶で包んであげる――。タイトルは、三宅の曲にパリ在住の米国人女性シンガー・ソングライター、リサ・パピノーが詞をつけて歌った一節からとった。
録音当日、難病と闘うパピノーの体調は最悪で、歌声はたどたどしく響いた。回復した後日、再録音した。しかし、三宅は結局、初回の録音を選んで周囲を驚かせる。
「切実なメンタリティー、このまま倒れちゃうんじゃないかという感じは、決して演出では出せない。音楽は建築に似ている。けれど、僕はアクシデントも受け入れたい」

パリでは朝のプールが日課だ。「朝、道すがら空を見ると、飛行機雲が十 字になって何本も見える」
色々な人が来ては去っていき、自分だけが「異分子」と主張できないこの街を、三宅は「僕にふさわしいかもしれない」と思い始めている。

(文中敬称略)

自己評価シート

 

第1のカテゴリーで自ら書き込んだ一つが「忘却力」。 「いかにオリジナルなものを作ったとしても、それに自分で執着していると次に行けないから」と話す。
「集中力」は忘却力と表裏一体だ。「曲を作るときは、翌朝には何も覚えていないくらい集中している」
「スピード感」は「ひとつの音にたくさんの情報量を詰めることができる能力」を意味する。「音楽は時間の芸術で、その一瞬が永遠であることを望んでいるから」だ。
「分析力」は、楽曲の構造や成り立ちを見極めるときに発揮される。「異種交配と言っているが、ただ交ぜればいいのではない。整合性、必然性、美観を持ちうるかが問題だ」
「音楽言語力」は、世界各地の音楽を理解し、ある程度まで模倣できる力。
ジャンルを超えた音づくりの鍵を握る。
第2カテゴリーで「運」を挙げたのは、「マイルス・デイビスのコンサートに行ったことで、ジャズは終わったと早く気づけた」ことも念頭にあるそうだ。
最後のカテゴリーにある「持続力」の象徴は、 日課のプール。「最寄りのプールが休みなら、 別のプールを探す。クリスマスや正月はホテルに行ってでも泳ぐ。熱がなければ365日泳ぐ」

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

世界のどこかで、日本の明日を考える 朝日新聞グローブとは?

Editor’s Note 編集長 新創刊のあいさつ

このページの先頭へ