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保守系文化人の「遺言」 フランスから

[第224回]浅野素女 ライター

L'ordre du jour


以下の二作品は、どちらもフランスで最も権威あるゴンクール賞受賞作家の手になる。


まずエリック・ヴイヤールだが、9作目の『L'ordre du jour(議題)』で、昨年秋にゴンクール賞を受賞した。アクト・スュッド社独特の10cmx19cmサイズは手にしっくりなじむ小型版。しかも、内容は約150ページの簡潔な物語。ロマン(小説)ではなく、レシと表紙にある。レシをぴったり言い当てる訳語がなかなか見つからないが、起こったことを淡々と短めに「報告」の形で書き留めたもの、と言えばいいだろうか。小説のような複雑な構造は持たない。レシがこの文学賞を獲得するのはめったにないことだ。


1938年のナチスドイツによるオーストリア併合に至る画策を、歴史に鋭利なメスを入れて体脂肪の下に隠れていた腫瘍を取り出すような、ゾクっとするほど研ぎ澄まれた筆致で描いた力作。資金面でナチスの後押しをすることになるドイツ産業界の24名が雁首をそろえた1933年の会合、また併合1ヶ月前のヒットラーとオーストリア首相シュシュニックの会見を中心に描き、とてつもない大悲劇に突入していく前夜、悪の力の操り人形となった人たちの滑稽さ、愚かさが暴かれる。


Falaise des fous


一方のパトリック・グランヴィルは、1976年に29歳の若さでゴンクール賞を受賞(『火炎樹』)。以来、次々と、30余りの長編小説を発表してきた。アート関連の著作はさらに多い。


70歳で発表した本作は、ノルマンディーの光に魅せられ、名勝地エトロタ周辺に集まってきた、巨匠モネを初めとする印象派の画家や作家たちをめぐる物語である。絵画はグランヴィルの筆致がことさら冴える分野だ。


普仏戦争、ドレフュス事件、第一次世界大戦を背景に、新しい絵画の潮流が興りゆくさまを、エトロタに居を構えた、芸術とは縁もゆかりもなかった語り手の視点から、画家たちの内面に迫って描く。史実に基づきながらも、先のヴィヤールとは対照的に、色彩踊り情感溢れる長編小説である。


Asano Motome

1960年生まれ。パリ郊外在住のライター。フランスに暮らして30年余り。著書に『パリ二十区の素顔』(集英社新書)、『生きることの先に何かがある』(さくら舎)ほか。




(次ページへ続く)

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