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世界の書店から

米中戦争の危機描く

[第220回]戸田郁子 作家・翻訳家・編集者


小説部門の集計の上位に、東野圭吾の作品が並んでいる。3位『ナミヤ雑貨店の奇蹟』、7位『素敵な日本人』、11位『雪煙チェイス』、16位『仮面山荘殺人事件』。今に始まったことではなく、根強い人気だ。20位圏内には、村上春樹、佐藤正午、江国香織の作品もある。日本の小説は、韓国の読者にも身近な存在だ。


逆に韓国作家のラインナップは、昨夏以来ほとんど動きがないのが寂しい。目新しい作品を探して、14位の『娘について』を読んだ。「今日の若き作家」シリーズの中の1冊だ。


主人公は60代半ばの女性。夫に先立たれ、老人ホームで介護士として働いている。30代半ばの娘は、大学に入ると家を出て、今は大学で講師をしている。


ある日、娘が実家に戻ってきた。女性パートナーと一緒だ。大学時代からそれとなく気配は感じていたが、一時の迷いかと思い、娘に問いただしたことはなかった。もう7年も一緒に暮らしているという。「自分の育て方が悪かったのか。それとも勉強させすぎたのが悪かったのか」と、母は混乱する。


母が介護するのは、身寄りのない西洋人のジェーン。かつては福祉の仕事で社会の尊敬を集めたというジェーンだが、今は見舞いに来る者もない。糞尿で汚れた体を洗いながら、床ずれの傷が少しずつ大きくなるのを母は悲しげに眺めている。


痴呆が進んだジェーンは突然、別の施設に移された。娘は同性愛者だと批難され、講師の職を解雇された。大学の前で抗議の座り込みを行い、暴力を振るわれて病院に運ばれた娘。母にとっては理解できないことばかり。しかしそれが、目の前にある現実なのだ。


寡黙だった母は激高する。ベッドに括り付けられ、精神安定剤と睡眠薬でもうろうとしているジェーンを、タクシーで自宅に運び込む。世の理不尽と戦う娘たちと、死にゆくジェーン。4人の女たちが一つ屋根の下で、午後の日差しを浴びながら、甘いクリームたっぷりのケーキを食べる描写に胸が熱くなった。なにも特別なことのない日常。ささいで平凡な瞬間。それを守るために、女たちは戦っている。


それぞれの女たちの迷いや諦めや怒りが、深く胸に響いて余韻を残す。女性作家キム・へジンの衝撃作だ。


Toda Ikuko

作家、翻訳家、編集者。図書出版土香経営。仁川の旧日本租界に仁川官洞ギャラリーを開く(金土日開館)。近著に『モダン仁川1ー鳥瞰図と写真で見る1930年代』(図書出版土香)がある。



(次ページへ続く)

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