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アルベール・カミュと女優 愛情と連帯を読む パリから

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:

ノーベル賞作家アルベール・カミュと女優マリア・カザレスの865通におよぶ書簡集である。どちらもそれぞれの分野でフランスを代表する大物だ。書簡集というと、作家側の手紙だけの場合が多いが、本書は双方向で、電報なども含めて1300ページにおよぶ。単に恋文というだけでなく、当時の文芸・演劇・映画界の内実も凝縮されていて文学的価値は高い。

ふたりは19446月、ドイツ占領下にあったパリで出会った。30歳と21歳。すでに『異邦人』を発表していたアルジェリア出身の作家は、故国に妻を残していた。フランコ政権の手を逃れてやってきたスペイン出身の若い女優は、フランスの地で新しい地平を切り開こうとしていた。彼女はカミュの劇作『誤解』の主役のひとりに抜擢されていた。それから1959年の衝撃的な自動車事故によるカミュの死まで、ふたりの関係は硬い鉱物の輝きを放って、なにものにも破壊されない崇高さを保持した。

カミユは幼いふたごを抱えた妻と生涯別れようとはしなかった。一方で、数々の浮名も流した。だが、カザレスとの関係は特別なものだった。時に自分を疑う作家を励ましつつ、自分の演劇活動や生活を事細かに報告するカザレスは、カミュを深く愛しつつ、決して情念の泥沼にはまり込むことはなかった。書簡の行間から溢れる揺るぎない愛情と連帯に、読む者は打たれずにいられない。 

ピカソ、サルトル、ジッド、プレヴェール、コクトー、カルネ、俳優のジェラール・フィリップ、ジャンルイ・バロー、ミシェル・ブーケ、イヴ・モンタンなど、ふたりのまわりには、戦後フランス芸術界をいろどる綺羅星のような巨人の名前が連なる。それだけでも、あの時代の濃密さにめまいを覚えてしまう。

さらに心を打つのは、この書簡集がカミュと妻の間に生まれた娘、カトリーヌ・カミュの采配によって出版されたという事実だ。母の死後、カトリーヌはカザレスに会見を申し込む。父とカザレスの関係については母から聞いていた。夫の愛人だったカザレスのことを、カトリーヌの母は、一種の敬慕の情さえ込めて話していたという。父の愛人だった女性と娘は、出会ったその日、まるで旧知の友のように何時間も語り合ったそうだ。

その後、カトリーヌは、いまは亡きカザレスから、ふたりの間で交わされた書簡を買い取った。そして今回、真昼の地中海の太陽のように眩しい幾多の恋文の発表にこぎつけた。

カミュという、人間の弱さも崇高さも備えた男のまわりを囲む三人の女性。そこには一種のエレガンスというか、ごまかしようのない真実と生の輝きを許容する人間の奥行きを感じる。

序文の最後をカトリーヌ・カミュはこう結んでいる。

「彼らふたりに、ありがとう。手紙を読めば、ただふたりが存在したがゆえに、この地上はより広く、空間はよりきらめき、空気はより軽くなる」

C'était mieux avant !(昔はよかった!)』は反対に、 100ページにも満たないポケットサイズの小冊子である。作者のミシェル・セールは、多様なメディアで活躍する87歳になる哲学者、科学史家、アカデミー・フランセーズのメンバーである。

「若者に向かって昔はよかったという高齢者が多いけれど、まさに私は、その『昔』って時代の生き証人!」という具合に、ピリッと辛みの効いた語り口で、過去を理想化する輩に反論。いまという時代を擁護し、未来に希望を託す。

戦争続きだった20世紀の悲惨さ。いまはテロが怖いと言うが、昔はテロなど日常茶飯事だった。性病の蔓延で、セックスのもたらす被害は大きかった。寿命は伸び、人類始まって以来の平和を享受し、ネットで世界の端から端まで一瞬にしてつながる時代、昔の頭で未来を思い描こうとするから出口が見つからない。変わることを恐れず、想像力を駆使して新しい未来像を描こうと、堂々と「老人」を自称する作者は、読者にハッパをかける。こういうおじいちゃんがそばにいると心強い。同時に、想像を絶する大変な時代を生き抜いてきた大先輩に、尊敬の念がいっそう膨らむ。

フランスのベストセラー(ノンフィクション部門)

11月29日付LExpress誌より

『 』内の書名は邦題(出版社)

1 Servir

Pierre de Villiers ピエール・ド・ヴィリエ

マクロン大統領に抗議する形で昨年夏に辞任した仏軍統合参謀総長の述懐

2 Au gré des jours

Françoise Héritier フランソワーズ・エリチエ

11月に逝去した高名な人類学者が綴るエッセー。フェミナ審査員特別賞受賞

3 C'était mieux avant !

Michel Serres ミシェル・セール

多方面で活躍する哲学者が、本当に「昔はよかった」のか、を鋭く検証

4 La vie secrète des arbres

『樹木たちの知られざる生活』(早川書房)

Peter Wohlleben ペーター・ヴォールレーベン

ドイツの森林管理官が樹木の知恵と不思議を語る世界的ベストセラー 

5 Le Miracle Spinoza. Une philosophie pouréclairer notre vie

Frédérique Lenoir フレデリック・ルノワール

時代の先を行った17世紀の哲学者スピノザの「奇跡的」現代性を説く

6 Sapiens. Une brève histoire de l'humanité

『サピエンス全史 上・下』(河出書房新社)

Yuval Noah Harari ユヴァル・ノア・ハラリ

世界的ベストセラーとなったイスラエル歴史学者による人類史

7 Homos Deus. I,e brève histoire de l'avenir

Yuval Noah Harari ユヴァル・ノア・ハラリ

人間は今後どう進化していくのか。サピエンス の未来を展望する6位の本の続編

8 Le sel de la vie

『人生の塩』(明石書店)

Françoise Héritier フランソワーズ・エリチエ

2位の本と同じ著者が2012年に発表した、日常の小さな幸福を語るエッセイ

9 Correspondance 1944-1959

Albert Camus, Maria Casarès アルベール・カミュ、マリア・カザレス

ノーベル賞作家カミュと女優カザレスの恋愛の軌跡が浮かび上がる書簡集

10 Desproges par Desproges

Pierre Desproges, Cécile Thomas ピエール・デプロージュ、セシル・トマ

未発表の資料を駆使して30年前に逝った国民的ユーモリストの素顔に迫る