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【第214回】宮家あゆみ ライター・翻訳者



幻想と現実との狭間で紡がれる米国史


『Fantasyland』は、過去500年のアメリカの歴史を検証しながら、アメリカがなぜ現在のような状態に陥ってしまったのかを解明する、480ページの大著だ。


著者のカート・アンダーセンはニューヨーク・タイムズ紙などに寄稿し、自身のラジオ番組も持つアメリカ文化に精通した作家である。著者は本書で、アメリカ入植時代以降のさまざまな出来事を時系列に沿って説明。それぞれが別々に見える出来事に脈絡を与えている。


著者によれば、17世紀になって米東海岸に入植した清教徒たちは、聖書のみを信仰の拠りどころとする狂信的な清教徒だったという。彼らはカトリック教会にも英国国教会にも従わず、「自分たちが信じたことが真実である」という信仰を新天地で自由に展開した。これが、アメリカがヨーロッパ諸国と一線を画すようになった原点だという。やがて自分を預言者だとする人間や、神と会話をしたとする指導者も現れた。清教徒たちは、それぞれが信じる真実に基づき、福音派と呼ばれる様々な教派に枝分かれしていった。現在、同じ福音派のひとつであるエヴァンジェリカル派のキリスト教徒たちの多数は、トランプ大統領の熱烈な支持者だ。


本書によれば、今でも米国民の約3分の1が天国、天使、悪魔の実在を信じている。先住民を虐殺したのも、「アメリカ大陸の西側にはヨーロッパから東方に逃げた悪魔が住んでおり、それが先住民たちだ」と心の底から信じていたからだ、とアンダーセンは分析する。


アメリカ人はまた、建国当初からファンタジー(幻想)と現実の間の境界線が曖昧な状態にあることを好む国民性があったという。例えば、ジョージ・ワシントンの桜の木の逸話は、彼の死の直後に「嘘のニュース」として広まり、人々は喜んでこれを受け入れた。西部開拓が西海岸に到達した頃には、生き残った本物の先住民を役者として雇い入れたウェスタンショーの興行が大流行した。西部開拓が終わりを迎えた時、開拓は続くという幻想を真実と錯覚することが人々の喜びとなり、それがビジネスとして発展していった。この流れの延長上にディズニーワールドやスター・ウォーズの大成功があるという。アメリカ人にとって「アメリカは特別な国」なので、現実に直面して夢を失うわけにはいかない。銃規制の問題も、経済的な問題だけでなく、西部開拓時代への憧れが深く絡んでいる。


1960年代に入って幻想と現実の境目はますます曖昧になっていった。サイケデリック文化やニューエイジの思想が一世を風靡する。またケネディ大統領暗殺以降、陰謀説を受け入れる風潮が世に広まった。


そして90年代後半から一般家庭にインターネットが普及した。ネットで出回る情報が真実かどうかを見極めるのは難しい。しかも受け手側の人間は幻想が大好きで、彼らにとっては自分が信じたものが真実なのである。「フェイクニュース」や、「オルタナティブ・ファクト(もうひとつの事実)」を信じるアメリカ人が多く存在するのは、自然の流れだと著者は分析する。


最終章でアンダーソンは、トランプ大統領の当選は、残念ながらアメリカの宿命だったと語る。そしてアメリカ人がいまの状態から抜け出すためには、これまでの歴史をくつがえすだけの「強い思想」が求められるという。それは何なのか、まだ誰も見つけられずにいる。


ここに挙げた以外にも、いままで知らなかった数多くの出来事が記されている。思いもつかない著者の洞察には、はっと気づかされる。アメリカについて理解を深めるには格好の本だ。



Miyake Ayumi

出版社「ブックジャム・ブックス」(https://www.facebook.com/BookjamBooks)代表。NY在住。訳書『ブックストア』『モラルハラスメント あなたを縛る見えない鎖』(晶文社)など



(次ページへ続く)

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