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世界の書店から

「ケネディの弟」の物語

[第211回]浅野素女 ライター

Photo: Nishida Hiroki

9月は文学の新年度でもある。今年度は、国内外の長編短編あわせて581冊のフィクションが書店にひしめいている。アメリー・ノートンが即座にトップに躍り出るのは毎年のことだが、 マルク・デュガンの『Ils vont tuer Robert Kennedy(やつらはロバート・ケネディを殺すだろう)』も健闘している。


デュガンは、20世紀の戦争や政治の裏側を題材に、これまで数々の大作を発表。世界の覇者たらんとする米国は、特に彼の創作意欲をそそる題材だ。


1963年に暗殺された、35代米大統領ジョン・F・ケネディを知らない人はいないが、その5年後、同じ道をたどった弟ロバートは、兄の存在が放つオーラがあまりに眩しすぎて影が薄い。デュガンはこのロバートを主人公に据え、アメリカが自由と平等の理想へ向かってジャンプしようとして果たせなかった激動の60年代を、もうひとりの主人公である、名もない大学教授の人生につなげることで、内側からあぶり出す。

大学で歴史を教えるマークは、フランスから40年代にカナダに渡った、ケネディ家と同じアイルランド出身の両親の死の謎を追う。世界中を揺るがしたあの暗殺事件と関わりがあるらしい。ヨーロッパとアメリカ大陸の間を何度も往復して孤独な調査を続ける彼は、個人史を掘り下げてゆく過程で、図らずも冷血な政治と権力闘争のからくりにじりじりと近づいてゆく。


ケネディ兄弟の暗殺事件については、すでに数々の陰謀説がある。その真相云々よりも小説としておもしろいのは、兄が暗殺された時、若き司法長官であったロバートが真相を知りながら口を閉じ、しかし、絶望と罪悪感の淵から這い上がり、死を覚悟で1968年の大統領選へ踏み出す、その変貌の過程である。兄弟の中でも幼い時から一番弱々しく、兄に引っ張られた形で政治の前線に立ったロバーとだったが、ケネディ家の栄光と闇の部分に引き裂かれた彼の内面は、ある意味で兄のそれより複雑で深みがあるかもしれない。


キューバ危機を経て、ベトナム戦争の泥濘にはまり、平和を求める若い世代の叫びが渦巻くアメリカを、彼は本気で変えようとした。 生きる屍となるより、闘う道を選んだ。ケネディ兄弟の暗殺によって息の根を止められたものがなんだったのか。いま一度深く考えさせられる作品だ。



(次ページへ続く)

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