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世界の書店から

階級社会英国のホンネが見えるサイコスリラー

[第210回]園部哲 翻訳家

『Swing Time』『The Girlfriend』とはうってかわってロンドンの貧しい地区で育った茶色い――つまりは黒人と白人の血が混じった(バイレイシャル)――2人の少女の物語。2人ともダンスに夢中だが、主人公(=語り手)よりも友人トレーシーの方が圧倒的な才能を見せる。その才能の開きが少女時代の友情の終わりでもあった。


主人公はこんなつぶやきをもらす。「わたしはいつも他人の明るい部分に魅せられ、それに照らされて生きてきた。でも、わたし自身には人を照らす明るさがない。それが真実。わたしはいわば影のようなもの」


トレーシーはプロのダンサーになり、主人公は頭の良さと母親の叱咤のおかげで、第2志望の大学へ進学する。卒業後彼女は、ステージに対する未練のせいか、超有名歌手エイミー(マドンナを彷彿とさせる白人歌手)のアシスタントになる。トップスターがうごめく華やかな世界で、主人公はまじめに働くが、心のどこかに、自分は落伍者という意識が残り、人生の目的に悩みはじめる。


エイミーがアフリカの子どもたちのために西アフリカに学校を作ろうとする、そのプロジェクトに主人公は興奮し、学校設立に奔走する。個人的にも自分の半分のルーツ(ジャマイカ経由ではあれ)、黒人世界に近づけるという関心と、アフリカ独特のダンスに触れることができるという好奇心。だが、半分のルーツとはどっちつかずのルーツでもある。近づけたようで合致はしない。一種のアイデンティティーの危機におちいる主人公。


この間、主人公とトレーシーは離ればなれで再会はしていなかった。さてそのトレーシー、ダンサーの夢破れてシングルマザーになっている。トレーシーのアパートのバルコニーを見上げる主人公。そこには2人の子どもと踊る昔の親友の姿があった。


本書のタイトルは1936年、フレッド・アステア主演の映画『Swing Time』(邦題『有頂天時代』)から。フレッド・アステアは主人公のヒーローだったわけだが、彼女のここまでの半生が他人の生き様に右に左にとスウィングさせられてきたことの象徴なのだろうか。トレーシーが踊る姿を眺める最終シーンは7歳の自分に振り子が戻った瞬間でもあるし。


(次ページへ続く)

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