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ユーモアを解禁したタレント議員の回想録、NYで人気

[第207回]宮家あゆみ ライター、翻訳者


『Hunger』は、『Bad Feminist』『Difficult Women』などのエッセーや小説で知られるフェミニスト、ロクサーヌ・ゲイが、一時は体重が260キロ以上にもなった自身の身体に焦点を当てた回想録。本書はダイエットの成功物語ではない。太りすぎの女性として生きることがどういうことなのかについて、そしていまも手に負えない食欲と身体を克服できずにいる著者の心の葛藤が語られている。


著者は中流家庭の教育熱心な両親のもとで育った成績優秀な少女だったが、12歳の時に地元の男子グループからレイプの被害に遭ってしまう。誰にも話すことができなかった彼女が自分を守るために選んだ道は、食べることだった。太った身体になれば男性の標的にされないと考えたのだ。


母親の勧めで何度もダイエットを試みたが、すぐに元の食生活に戻り、体重は増え続けていった。レイプの被害に遭ったのは、自分が悪かったからだと自分を責め続け、親の期待を裏切った自分はもう価値のない人間だと思い込んでいた。イェール大学に進学するが2年生の終わりに中退。レズビアンとなり、身体にタトゥーも入れた。彼女の唯一の支えは文章を書くことだった。いくつかの大学で学士号を取得し、最終的にはネブラスカ大学リンカーン校でクリエーティブ・ライティングを専攻し、修士号を取得している。


自分の心の中にある矛盾についても著者は言及する。身体が大きくなって安心感が得られる一方で、劣等感が増大していった。太っている女性を蔑みの目で見る社会の価値観を批判する一方で、痩せて美しくなりたいと思っている自分もいた。過去があったからこそ現在の自分があるのだと自分自身に誇りを持っているのと同時に、過去の行動を悔やんでもいる。


身体の大きな女性は社会で生きていく上で、物理的にそして精神的にどういう現実に直面しているのか。レイプ被害に遭うことがどれだけ女性の人生を変えてしまうのか、著者はつらい経験を繰り返し語りながら読者に訴える。現在、最も力強いフェミニストのひとりと言われるゲイの指摘は鋭い。社会的弱者への理解について、改めて考えさせられる本だ。


Miyake Ayumi

ライター、翻訳者。出版社「ブックジャム・ブックス」(https://www.facebook.com/BookjamBooks)代表。1996年からニューヨーク在住。訳書にティルマン『ブックストア』(晶文社)など。



(次ページへ続く)

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