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ユーモアを解禁したタレント議員の回想録、NYで人気

[第207回]宮家あゆみ ライター、翻訳者


『Option B』は、フェイスブックの最高執行責任者シェリル・サンドバーグの著作。彼女の夫は2015年、夫婦で訪れた休暇先のメキシコで病気のため急死した。幼い娘と息子を抱えた著者が、夫の死による人生への絶望からどう立ち直っていったかを記している。


夫の死の直後、悲しみと喪失感、虚無感に襲われていた彼女に、ある友人が言った。「完璧な人生などない。私たちはなんらかの形のオプションBを生きなくてはならない」。本書はそのオプションBを使いこなすための本だと著者は語る。


本の共著者である心理学者のアダム・グラントから彼女が学んだのは、心が打ち砕かれるような経験から立ち直るための、確実なステップが存在するということだった。人間は生まれながらに回復力を備えているわけではない。その力は筋肉と同じように鍛えることのできるものなのだと。


不幸な出来事に襲われた時、人は三つのことに縛られてしまうという。まず、出来事が自分に責任があると自分を責めてしまうこと。第2に、ひとつの出来事が自分の人生のすべてに影響を与えると信じてしまうこと。そして三つめはその状態が永遠に続くと思ってしまうことだ。


会社に復帰した当初は、会議中に泣き出してしまったり、周囲がよそよそしく感じられたりして、誰にも自分の気持ちはわかってもらえないと思い込んだ。やがて、たとえ一瞬であっても、普通に過ごせる時間が生まれてきたことに彼女は気づく。その時間は少しずつ増えていき、娘の誕生パーティを祝うこともできた。


夫の死の約1カ月後、サンドバーグがフェイスブック上に自分の素直な気持ちを投稿すると、世界中の人々から励ましのメッセージが殺到した。コメント欄は、彼女と同様に愛する人を失った人々が体験を語り、お互いが励まし合う場ともなった。


周囲の人が彼女に話しかけられなかったのは、間違ったことを言って心の傷を深めてしまわないかと悩んでいたから、ということも知った。自分を責めることをやめ、自らが心を開くことで、サンドバーグは立ち直るきっかけを得られたという。


夫を失った女性のなかには、悲しみに浸る間もなく、経済的な困窮に陥る人もいる。自分にはお金があり、家族や友人の助けがあり、上司の理解があった。仕事を続けることで少しずつ本来の自分を取り戻し、同僚の支えによって、人生はひどいことばかりではないと思えるようになったと著者は振り返る。

夫を失った悲しみはいまも癒えていない。彼女自身、まだ回復の途中であると語る。「本書は人から人へ静かに手渡され、手渡された読者の心をきっと癒やしてくれるだろう」とニューヨークタイムズ紙は評している。自分自身がつらい時だけでなく、周囲の人がつらい思いをしている時にも手にしたい本だ。



(次ページへ続く)

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