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党政治の腐敗を暴く 『人民的名義』北京で読まれてます

[第206回] 泉京鹿 翻訳家


前任の趙書記の元で権力を手にした高書記と祁長官は、趙書記の息子が手がけるビジネスの許認可に協力し、金と女でも結びつくという「ズブズブの関係」。腐敗側の中心軸として描かれる祁や愛人は貧困層出身で、自らの努力だけで這い上がってくるには、汚いことを避けては生きてこられなかったという設定だ。 


それに対し、賄賂の誘惑を拒否し、権力や謀略に阻まれても決して屈しない侯をはじめとする検察側は、家族も皆、検察院、中央規律検査委員会、裁判所の現役幹部あるいはOBだ。中でも陳海の父の陳岩石は、抗日戦争に功績ある古参共産党員かつ沙書記の恩人で……、と、善玉側の生まれつきの恵まれた人脈や環境が、物語に不可欠の伏線となっている。


上司と部下、夫婦、師弟、親子関係にも中国の歴史や社会が抱える根深い矛盾が反映され、それぞれの立場の原則や理想を貫こうとすれば、思わぬ悲劇を招く。

「幸いにもわが党の目は醒めた。世も人の心も、まだ間に合う」と陳岩石。誘惑を拒絶し、容赦なく悪を取り締まる然るべき地位に正義、公平を貫く清廉な人物がいれば、是正される過ちもあるだろう。しかし、本当に「党の目は醒めた」なら、体制改革なしに個人の道徳観次第の「正義の味方」頼みでいいのか、という思いが残る。


実力派役者が揃うドラマ『人民的名義』は見る価値ありだが、50話以上を見通すのはひと仕事。そのため、400ページ弱の本書が多忙な人々に好評だ。原作といっても著者がドラマの脚本も担当し、セリフもほぼそのままのノベライズに近い。大量購入で従業員に配った国有企業もあるとか。ノンフィクション部門で人気の、失脚して投獄された元高官らのインタビュー集、丁捷・著『追問』『人民的名義』との相乗効果で売れている。



7位の『俗世奇人』は、天津生まれの作家・馮驥才が、『市井人物』として清末から中華民国初期における天津の傑出した人々を描いた連載短編小説の改題。初版は2008年。七元(七塊)前払いしないと診てくれない名医「蘇七塊」、真っ黒な衣装を一点たりとも汚さずに壁を塗る名人「刷子李(刷毛の李)」など、市井の著名人の秘密を軽妙な語り口で綴る小噺と、1907年刊行の『醒俗画報』の挿絵との組み合わせが楽しい。また、日本の作家・南條竹則との会話から窺える本作執筆の背景や、馮のとめどない創作の源が書かれた「余談」も興味深い。

馮驥才といえば邦訳『三寸金蓮(てんそくものがたり)』(亜紀書房、後に小学館文庫『纏足』)も傑作だった。この本で纏足の理解を深めた人も多いのでは。


Izumi Kyoka

翻訳家。1971年生まれ。94年から16年間北京在住。新刊訳書に閻連科『炸裂志』(河出書房新社)、王躍文『紫禁城の月』(メディア総合研究所)。大学非常勤講師。



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