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歴史に翻弄された母を描いた『マリウボリから来た母』ドイツで読まれてます

[第204回] 美濃口坦 翻訳家兼ライター


マルティン・ズーターの『Elefant(象)』に登場するショッホさんはスイス・チューリヒの町のホームレスで、川辺の傾斜にできた洞穴をねぐらにしている。ある日酔っぱらって「帰宅」した彼は自分の目が信じられない。洞穴の中に玩具の小さな象がいて、暗闇のなかでピンク色に輝いているのだ。これまでコンドームや麻薬用注射器の置きっぱなしはあったが、子どもが玩具を置き忘れていたことなどなかった。


ショッホさんは、酔いからさめると、この象が生きていることに気づき、世話をするうちに情を覚えるようになる。食中毒になった象を心配し、獣医に連れていったほどだ。


長さ40センチ、高さ30センチのこの象は、実はスイスの遺伝子工学関係会社の社長を務めるルー博士がデザインし、サーカスの本当のメス象を代理母として、誕生させたものだった。普通の大きさの象になるはずであったが、どこかで間違ってこんなに小さくなったのだ。ルー博士は小さな象を何頭も製造し、アラブの富豪に子供用の玩具として売ることを夢見る。


小説は、ルー博士と同じような理由からピンク色の象を利用しようとする人々と、それに反対して邪魔しようとする人々との対立によって進行していく物語である。後者はこの象の世話をする人たちであり、また治療をする獣医である。彼らはショッホさんと同じ理由で、小さくてか弱いピンク色の象に対して情を抱くようになったのだ。唯一の例外はサーカスで象のお世話係を務めるビルマ人で、彼にとってこの象は宗教的な崇拝の対象になっていた。


遺伝子操作して生き物をデザインすることに対して、著者のズーターが断固とした立場を取らなかったことを批判する人がいた。だが、作者の意図は奇妙な象を巡るおもしろい話をつくることだけで、読者もそれ以上は期待していない。だからこそ、彼の作品は娯楽作品として傑出しており、おもしろいほどいつもベストセラーになるのだ。


Minoguchi Tan

翻訳家兼ライター。1974年にミュンヘンに移住。80年から約20年、書店を経営。共訳書にアイベスフェルト『比較行動学』(みすず書房)。



(次ページへ続く)

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