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なぜ乗り物酔いで吐くのか? 『バカな脳』英国で読まれてます

[第203回] 園部哲 翻訳家

photo: Semba Satoru

英国流ユーモアの一角を担うウェールズのジョークにこんなのがある――イングランド人が小川の水を手ですくって飲んでいた。通りかかった農夫があわてて「牛の糞が混じっとるから飲まんほうがええ!」とウェールズ訛りで忠告した。イングランド人はハンカチで口もとを押さえ「すみません、もういちど英語で言っていただけませんか?」と聞き返す。エヘンと咳払いをして農夫は言い直した。「片手ですくうよりも両手ですくったほうがたくさん飲めると思うんだがね」


抜けているように見せて辛辣なのが彼らのジョークの味だ。本書『The Idiot Brain』、すなわち『バカな脳』(『バカの脳』ではありません)の著者はカーディフ大学に務める神経科学者だが、副業としてコメディアンもやっている。そんな素晴らしき組み合わせがポピュラーサイエンスの良書を生んだ。


私たち自身の日常の滑稽なふるまいを素材とし、ウェールズ風の間抜けで辛いユーモアで味付けしつつ、バカな脳に左右された人間行動をさぐってゆく。


昔から抱いていた謎もひとつ解けた。なぜ乗り物酔いで吐かねばならぬのか? 本書によると、ヒトの肉体は元来人工的な車や船の動きは想定していない。よって乗り物の過激な動きによって引き起こされた気持ちの悪さに、脳は「何だこの嫌な感じは?」ととまどう。そこで危機管理役の脳幹、いわゆる爬虫類脳は「毒を食らったに違いない」と即断して胃袋に「吐け!」と命じる。拙速の悪しき例である。著者はこの現象を、実力以上に出世してしまった上司が問題処理できず、部下に対して無意味な指示をまきちらす症状にたとえる。


このほか、満腹になってもデザートが「別腹」に難なく収まるのは、重要養分として糖分を求める大脳のだましだとか、鼻栓をして目隠しをするとジャガイモとリンゴを味だけでは区別ができなくなるなど、興味深い話が盛りだくさん。


私たちの脳が、理解しやすい器官だったら私たちは脳を理解することはできまい、というような禅問答に迷い込んだりしながら、読者は不憫で健気な脳みそに対していとおしさを抱きはじめる。



(次ページへ続く)

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