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[第156回]矛盾と野心と屈折

浅野素女 ライター





photo: Sako Kazuyoshi

パリ政治学院(通称シアンスポ)は、政治家や高級官僚が輩出するエリート養成機関である。グランゼコールと呼ばれる、大学システムとは一線を画すフランス独特の高等教育機関のひとつ。リシャール・デコワンは、1996年から16年間、この誉れ高きエリート校に君臨し、伝統に凝り固まっていたシアンスポを改革したカリスマ的存在である。フランスを代表するエリート校の学長という表の顔と、ゲイの集まるパーティーでハメを外す裏の顔をあわせもち、学生たちに「リチ」の愛称で親しまれた。




『リチ(Richie)』は、権力中枢部のカラクリにくわしい女性ジャーナリストが、この矛盾と野心と屈折に満ちた人物に迫った問題作。一部のエリートたちによって動かされるフランス政界、経済界、メディア界の表と裏の顔もみごとに炙り出されている。 


デコワンは代々の学長の型を破って学生たちに寄り添い教授陣を手厚く優遇し、学長の地位を確固たるものにすると、果敢にシステム改革に乗り出した。各界の大物を教授として迎え入れ、経済界とのパイプを強化して資金集めをし、地方に分校を広げ、ハーバードなど世界有数の大学と肩を並べるべく、世界中を飛び回る。超ピラミッド型のフランス高等教育にメスを入れ、低所得者層が多い学区の高校から、伝統的な厳しい試験を免除して入学を許可するという画期的な改革に打って出た。その手腕はみごとである。


一方で、フェイスブックに毎日のようにプライベートな写真やコメントを投稿し、ファンを蜂雲のように率いて、危ない恋愛沙汰も絶えなかった。ゲイのアバンギャルドを自称しつつ、妻となる女性を学院ナンバー2に格上げし、右派にも左派にも強力なネットワークを持つ二人三脚で一種の独裁体制を敷くあたりから、急速に歯車が狂ってゆく。法外な給与を与えるかと思うと、盾突く者は容赦なく首を切る。国の金で運営されているはずの学校が、いつの間にか私物化されてゆく。それをだれも止められない。


破天荒なライフスタイルゆえ、精神的なバランスを何度も崩しかけるのだが、周囲は必死でカバーする。国家を牛耳るエリートたちのスクラムの強固さには圧倒されると同時に戦慄を覚える。


2012年、デコワンは出張先のニューヨークのホテルで、エスコートボーイたちの去った翌朝、全裸の遺体で発見された。太陽という栄光を求めて、その火に羽を焼き切られたイカルスのように。



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