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[第154回]痛みの記憶を消さないために

戸田郁子 作家、翻訳家





photo: Sako Kazuyoshi

セウォル号沈没の惨事から、1年がたった。304人の犠牲者・行方不明者のうち約250人が、修学旅行に出かけた高校生だった。船長や船員は逃げ出したのに、生徒たちは「救命胴衣を着てじっとしていろ」という船内放送に従って命を失ったことが、韓国民の悲しみと怒りに火をつけた。全国に追悼の黄色いリボンがはためき、焼香所には長い列ができた。船主や船舶会社、捜査の当事者、そして国の対応の悪さに、非難が集中した。


一周忌を迎えて、遺族が切実に望んでいるのは、真相究明だという。朴槿恵(パク・クネ)大統領は「国家改造」を唱え、「聖域なき捜査」を約束したはずだが。話題のセウォル号関連の本を読んだ。




『金曜日には帰っておいで』は、人権運動に関わる複数の書き手による、子どもを失った遺族へのインタビュー集。当時の緊迫した状況、遺体の引き揚げを待つ心境、その後の苦しみなど、当事者でなければ決してわからない痛みを、克明に記録した。


フェリー転覆の報に、親たちは現場に駆けつけた。ニュースでは「全員救助」と報じられ、だれもが子どもの着替えを持参した。それは誤報だった。現場に貼り出された生還者名簿も、間違っていた。


「救助隊員726名、船261隻、航空機35機を集中投入した、史上最大規模の捜索作戦」と報道された。しかし、遺族らはそれはウソだったという。海上で行われていたのは、船外に脱出した者の救助活動だけ。船はまだ完全に沈んではいなかったのに、船内から救助された者は一人もいなかった。


「はっきりとわかった。この国がどれほど無能で、無責任か。助けられなかったのではなく、助けなかったのだ」


フェリーはなぜ沈没したのか。船が傾いているという生徒の通報に、関係機関はなぜすぐ対応しなかったのか。救助隊はなぜ船内に突入しなかったのか。行方不明者がいるのに、なぜ船体引き揚げをためらうのか。


きっと助けてもらえるはずという期待は、裏切られた。平凡な暮らしを営んでいた人々が、非情な覚悟で国家権力に立ち向かうことを決意した経緯を、本書から知った。「交通事故と同じなのに、なぜ大騒ぎするのか」「子どもを売って金儲けする気か」など、悪意に満ちた言葉に、遺族の心の傷はさらに深くなる。


「私たちは息子と一緒に、未来の家族の夢まですべてを失った」



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