TOPへ
RSS

世界の書店から

[第70回] 家族の力と孤独の豊かさ

浅野素女 Asano Motome フランス在住ライター

 

photo : Toyomane Yoshinori

11月は文学賞の季節である。今回取り上げる作品はみなどこかの賞にノミネートされている。


『Rien ne s’oppose a la nuit』(夜に逆らうものなし)は、『ノーと私』などでファンの多い女性作家デルフィーヌ・ド・ヴィガンが自身の母を描いた作品。表紙の写真がその母親だ。

 

一度目にしたら忘れられないのは、その美貌(びぼう)のせいばかりではないだろう。カメラが捉えた表情が、見る者の胸を不吉な予感でいっぱいにする。タートルネックの漆黒にすべてが吸い込まれてゆくかのようだ。そしてその通り、母親はいつしか狂気の淵(ふち)にひきずりこまれ、最後は自ら命を絶つのだった。


 

著者はパズルをひとつひとつはめ込んでゆくように、1946年生まれの母の生きた軌跡を再現しようと試みる。きょうだいや親戚に片っ端から調査やインタビューを試みる。

どんな家庭だったのか? どうして私は母を書くのか? と問いを繰り返しながら。


「小説」と銘打たれたこの作品は、危ない綱渡りをする。

 

母の子ども時代、それは作者も知らない時代や人を描くことだから、三人称のフィクションでしか成立しない。そこに、著者は自身の迷いや、親戚、きょうだいたちの反応も織り込んでゆく。

 

そして、娘である自分が生まれた時点からは一人称の物語に地滑りしてゆく。破綻(はたん)を抱えながらもフィクションとノンフィクションの間で平衡を保っている。それが最大の魅力だろう。


9人きょうだいの母の家庭には、子の事故死あり、障害児あり、虐待された子どもとの養子縁組あり、近親相姦(そうかん)の気配あり、不倫あり、と不幸の影がつきまとう。それでも、生きるエネルギーが渦巻き、騒々しいほどの喜びと笑いに満ちた日々があった。読後には、むしろ家族というものの放つ力の方が胸を打つ。

 

ド・ヴィガンはこの物語を書き切ることでようやく、一番身近でありながら最大の神秘である母親という存在に近づくことができたのだ。


 

(次ページへ続く)

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

世界のどこかで、日本の明日を考える 朝日新聞グローブとは?

Editor’s Note 編集長 新創刊のあいさつ

このページの先頭へ