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世界の書店から

[第47回] 詩集が読まれる理由

戸田郁子 Ikuko Toda ソウル在住ライター・出版社経営


今年のカンヌ映画祭でイ・チャンドン監督の『詩』が脚本賞を受賞した。10月末にはこの作品が、韓国のアカデミー賞とも言われる「大鍾賞(テジョンサン)」の最優秀作品賞など4部門を席巻した。
 

 

認知症が進行しつつある主人公の女性が、詩作の教室に通い始める。夢見る乙女のような装いは、都市近郊の田舎町にはおよそ似合わない。「誰もが胸に詩を抱いている」という教えに従って、女性は美しい花や木を凝視するが、詩想は一向に浮かばない。もどかしさを抱えて過ごす日常には、残酷な醜さが溢(あふ)れている。
 
毎週「詩を愛する人の会」に集う中年男女は、詩の朗読が楽しみだ。しかし酔いどれの若き詩人は「詩が死んでいく時代に、詩なんか書いてどうするんだ!」と叫ぶ。人はなぜ詩を読むのか。なぜ詩を作るのか。
 
映画の最後に読まれる詩は、イ監督自身の作品だ。イ監督は「詩とは何かを語ることは私にとって、映画とは何かを語ること」と言う。詩は、現実離れした空言(そらごと)などではない。そしてこの世には、詩でしか表現できない痛みや哀(かな)しみがあるというイ監督に共鳴する人々が、この国には確かに存在する。
 
大型書店には詩のコーナーがあり、詩集のベストセラーの集計が出る。詩はあまり読まれなくなったという声も聞く。しかし詩の朗読会や詩作教室の案内は、筆者の住む町でも目にすることができる。

 

著名な詩人リュ・シファには、自身の詩集だけでなく、翻訳詩集も多い。故法頂和尚(ポプ・チョン スニム)の法会の記録や箴言(しんげん)の整理も手がけた。彼の『愛せ、一度も傷ついたことのないように』は、2005年の刊行以来版を重ね、12万部以上を売り上げてなお、1位を独走中だ。

ヒンドゥー教徒の戒め、イヌイット族の歌、中国の漢詩、アメリカインディアンの教え、古代エジプトの詩、それにヘルマン・ヘッセやタゴール、啄木の短歌など、著者が幾度となく朗読した詩や箴言をまとめた「ヒーリング・ポエム」だ。深い悲しみにある友人知人の顔を思い浮かべながら、読む詩もある。「誰かにプレゼントしたくなる本」としても人気を博している所以(ゆえん)だ。

詩人は解説する。「一編の良き詩は、人生の意味を変えてくれる。心の傷は必ず癒やされる。詩は治癒の力を持っている」

タイトルとなった詩『愛せ、一度も傷ついたことのないように』は、アルフレッド・D・スーザの作で、人気ドラマ『私の名前はキム・サムスン』でも印象的に使われた。


踊れ、誰も見ていないかのように。/愛せ、一度も傷ついたことがないかのように。/歌え、誰も聞いていないかのように。/働け、金が必要ではないかのように。/生きろ、今日が最後の日であるかのように。

 

(次ページへ続く)

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