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今年のブッカー賞はヒラリー・マンテルの『Wolf Hall』に決まった。7月末発表の12候補が6候補に絞られるのが9月の頭。その頃から読書家のみならず、町のあちこちの賭け屋が受賞作を予想する。今回は一番人気がそのまますんなり受賞という、近年では珍しい結果となった。
さて受賞作の『Wolf Hall』。登場人物リストだけで5ページもある大長編。その分厚さのせいで、すでにドアストッパーになぞらえられることもしばしば。

舞台はテューダー朝。かのヘンリー8世が兄嫁キャサリンと結婚したものの男児にめぐまれず離婚を企て、アン・ブリンをめとろうとしている。
ただし本書は6人の王妃をめぐる話ではなく、王の側近トマス・クロムウェルの物語である。彼は清教徒革命のオリバー・クロムウェルの大叔父で、英国国教会の独立のほか、現代英国の基礎となる行政改革を進めた。本書のなかでマキャヴェリの『君主論』の海賊版を手に取るトマスは、「陳腐な書だ。目新しいことは何もない」とうそぶくが、それほどに権謀術数にたけた上昇志向の強い政治家だったのである。
どちらかというと地味な存在、それも国王に盾突いた清廉なるトマス・モアに対して策士臭の強い彼を主人公に配した同書が読書家の支持を得たのは、2人のトマスのイメージを逆転させてみせてくれたことと、テューダー朝という往古にうごめく人々を、書き割り調度のリアリティーと軽妙な会話に乗せ、巧みに活写したがゆえである。
仰々しさのない身を寄せるような彼女独特の筆致に加え、登場人物がみな固有名詞で語られるなか、主人公のトマスだけを「彼は……」と一貫して三人称の現在形で描き通すテクニックが不思議な効果を生む。宮廷のヘビー級歴史的人物の名前のなかで、“he”という代名詞はまことに頼りない。が、そのおかげで読者はトマスの薄皮の内側にするりと入りこめ、劇中の人物になりきれる。感情移入を超え、体感注入しつつページをめくる醍醐味がある。

ところで「ウルフ・ホール」とは妙なタイトルだ。この館が言及されるのはやっと最終ページあたり。これはヘンリー8世の3番目の妻となるジェーンのシーモア一族の屋敷の名前だから、続編を予告したタイトルともいえる。英国史を繙くと、ジェーンの短い命が尽きたあとトマスの運命も急降下し、ウルフ・ホール訪問の5年後には彼の首が飛び、ロンドンブリッジに晒されることがわかる。
オードリー・ニッフェネガー著『Her Fearful
Symmetry』。第1作『The Time Traveler’s
Wife』(邦題『きみがぼくを見つけた日』)は大ヒットし映画化もされた。
出版社は2作目の本書に4億円超の前金を払ったと噂される。前作のトリックが時間移動ならば今回のは対称性を活用した幽霊物語である。
ジュリアとヴァレンティナは米国に住む幸せな双子。突然、英国で死んだ伯母から遺産相続を受け、2人はロンドンへ飛んで生活を始める。遺贈された伯母のアパートに最低1年間は住まなければならない、というのが相続の条件だったから。
アパートは2階にあり、階下には伯母の死を看取った伯母の恋人が、階上には精神を病む男が住んでいる。その建物はロンドン北部のハイゲート墓地に隣接しており、伯母はそこに埋葬された。
どうですか、この道具立てだけでもうぞくぞくするでしょう?ふんふん、双子の話だから対称性か、と納得するのもまだ早い。たぶん半分以上読み進めても想定できぬ結末、それをたぐり寄せるために逆算しつつ組み立てた感じは否めないけれど、からくりにたぶらかされてみるのも読書の楽しみ。秋の夜長、ゴーストストーリーに読みふけるのも一興では。
(次ページへ続く)