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企業のブランド設計から広告、デザインまでをトータルに手がけ、ビジネスの一線で活躍していた米国のデザイナーが、漆塗りのチェスセットを作るなど日本の伝統工芸との協働作業を進めている。染織や花火、能や武術……。本書に示された日本への関心は、デザインや文化についての哲学と深くつながっている。
――なぜ、「漆のチェス」なのですか。
ゲルマン 漆器だけが持つ特徴は何かを考えたのです。独特の光沢や軽さもさることながら、最大の魅力は触感だと思いました。駒なら、ごく自然にそれを伝えられます。世界に何億人といるチェスプレーヤーに触ってもらって、そこから日本の文化を知ってほしいとも思いました。
また、「私と職人さんが同じ条件で共同制作したい」とも考えました。例えば茶碗だと、私がお客さん、挑戦者になってしまう。私が知っているものなら、中間点で出合うことができます。

――後ろに置いてある自転車には、漆が塗ってあるのですか?
ゲルマン そうです。漆のコンテクストから外したものもつくりたかった。部品に塗ってもらってから組み立て直し、実際に乗っています。崩れる直前の均衡に最大のエネルギーがある。
――日本文化のどんな面にひかれているのですか。
ゲルマン 日本文化のあちこちに、創造的プロセスの本質である“subtraction”(引き算)が存在しているところです。本の中で建築家の隈研吾さんと、日本の伝統建築の「間」について話していますが、「間」という感覚は、欧米にはありません。欧米は、「ゼロ」や「何もない」ものを恐れています。「間」は典型的なsubtractionと言えます。能も、顔を隠すことで、表情以外の手段による創造的表現が極められています。
――「引き算の哲学」については、00年に出版した著書で展開しましたね。日本のデザイン界にも影響を与えたと言われています。
ゲルマン 創造的プロセスというのは、引き算だと。選択し、フィルターをかけ、編集すること。文章なら、線を引いて消す。大理石から引き算して作品にする彫刻のように、不必要なものを取り去り、本質に焦点を当て、重要なものだけを残す。
そうした創造的プロセスは、あらゆる領域の中にあります。詩作、バレエの振り付け。そしてビジネスにも、とても多くの創造性が必要です。どの大会社も、引き算の要素を持っています。何かを得るためには何かを捨てる選択をしています。
引き算しすぎると、アイデンティティーが失われる。大事なのは、バランスを見つけることです。(テーブルのへりにペットボトルを置いて)バランスが崩れる一歩前のバランス、落ちる直前の均衡が、最大限のエネルギーを発するのです。
――90年代後半以降、ニューヨークで広告デザイン界の最先端の事務所を主宰していたと聞きました。
ゲルマン 私は自分の事務所を“multidisciplinary branding company”(業際的なブランディング会社)と呼んでいました。しかし、ブランディングさえよければ商品が売れる現実にむなしさを覚えたことや、デザインの世界はやりつくしたと思ったこともあり、3年前に、ビジネスシーンから引退しました。
ただ、グラフィックデザイナーやブランディングコンサルタントと名乗ることをやめただけで、アーティストではあり続けたい。自分がアーティストを志望した原点に、自分を再接続させたいと思っています。
(次ページへ続く)
1967年生まれ。90年代から、主にニューヨークを拠点にグラフィックデザイナーとして活躍。
エール大、マサチューセッツ工科大メディアラボの客員教授などを歴任。
ニューヨークアートディレクターズクラブ賞、米国グラフィックアート協会賞などを受賞。
日本では、07~08年に雑誌「家庭画報国際版」(世界文化社)のクリエーティブディレクターを務めた。