TOPへ
RSS

著者の窓辺

[第5回]知識はエリートだけのものではない 多様な意見こそがインドの力だ

『ぼくと1ルピーの神様』 Q and A

ヴィカス・スワラップ Vikas Swarup 外交官

主人公の人物像、名前で苦労

―スラムについてのリアルな描写は苦労したのではないですか。
スワラップ
私自身は中産階級の出身ですが、クリケットや釣りの仲間にスラム出身者が何人もいて、話を聞いていました。しかし、物語の中でスラム育ちの主人公にどんな「声」を与えるのか、一番骨が折れました。悩 んだ末、彼の声が隣で聞こえた気がし、思いついたのが書き出しの一行です。

「ぼくと1ルピーの神様」
ヴィカス・スワラップ著
子安亜弥訳(ランダムハウス講談社)
Vikas Swarup,
Q and A (Doubleday 2005)

「僕は逮捕された。クイズ番組で史上最高額の賞金を勝ちとったのが、その理由だ」
これが決まれば、後は簡単です。大事なのは最初の数ページですからね。初めに読者の心をつかまないと、本を閉じられてしまいます。
その主人公、「ラム・ムハンマド・トーマス」の名前も工夫しました。小説の中心は、彼が難関のたびに発揮する機知に富んだ対応力です。状況に応じ、異なる宗教を示す三つの名前を使い分けるようにしました。ヒンドゥー教徒 の女性と一緒の時はラムと名乗り、イスラム教徒の友人にはムハンマドと名乗る。オーストラリアの外交官に雇われた時は、トーマスと。

――まさに多民族・多宗教社会をずぶとく生き抜く人物像だと感じました。
スワラップ
ちょっぴり大げさでも、そんな登場人物が好きでしてね。しかも、インド社会の縮図を示したかったのです。インド人の名前には重要な意味があります。宗教も、南部か北部かといった出身地も分かるのです。 時には菜食か、肉食かといった食文化も。しかし、小説では彼がどこの出身か、どの宗教か、分からないように実験してみました。

都市化で薄らぐカースト制

――インド特有の階級制度、カースト制には、あまり触れていませんね。
スワラップ
農村では同じカースト間の結婚が望ましいなどの考え方がありますが、大都市ではそれほど問題にされなくなってきました。バスや地下鉄でも隣の人がどのカーストか気にしません。社会的アイデンティティーとしても、 経済活動の単位としてもカーストは薄らぎ、企業も良い人材の採用にカーストを問わなくなりました。 公務員採用や公立大入学で(最下層のカーストへの)優遇策もあり、社会的な融和が進みました。そうした人の中から管理職や官僚トップも出ています。

――ノーベル文学賞を受けた英国のV・S・ナイポール、ブッカー賞受賞のアルンダティー・ロイやアラヴィンド・アディガらインド系の作家の活躍が目立ちます。
スワラップ
少し前までは皆が重厚な文学作品を心がけていましたが、近年、あらゆる分野の小説が登場してきました。SF小説も7、8年前からです。皆が異なるテーマについて多彩な書き方をする実験をしていますね。私のは簡潔な文体で娯楽を提供する「商業文学」と分類されています。

――アカデミー賞受賞は、インドの活力を印象づけましたね。
スワラップ
無名のインド人俳優と、わずか1500万ドルの資金で作った映画が世界を席巻したのです。他の賞にも選ばれ、心の準備はありましたが、突然のオスカーだったら卒倒していたでしょうね。現代インドを正面から扱った米欧の映画は初めてです。今までインドは小道具として出てくる程度でしたからね。

――今夏、大阪駐在の総領事に就任する予定ですね。
スワラップ
外交官は世界をさまよう遊牧民みたいなもの。3年おきに移動して新たな人々と出会うこの仕事が大好きです。しかも、インドは世界中の注目を集める美女のような存在ですから、皆がもっと知りたいと思っています。やりがいのある仕事です。
幸い、政府は私たちの創造力に足かせをはめたりはしません。前の外務報道官も恋愛小説を書いて出版しました。それが文学で、自分個人の考えだと明言できる限り、書いてはならないと言われないし、出版許可を得る必要もありません。
インドはいつも多様な意見がある国です。これこそインドの力なのです。

(聞き手 GLOBE 竹内幸史)

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

世界のどこかで、日本の明日を考える 朝日新聞グローブとは?

Editor’s Note 編集長 新創刊のあいさつ

このページの先頭へ