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著者の窓辺

[第1回]中国製品の安さの背景に何があるのか?
知らないままでは済まされない

『中国貧困絶望工場』 The China Price
アレクサンドラ・ハーニー Alexandra Harney ジャーナリスト

広州産のホンダで、中国の力を実感

なぜ中国に関心を持ったのでしょう。

中国へ行ったのは、記者(東京特派員)になった翌年の1999年、ホンダの広州にある製造拠点を取材する記者団に加わった時が最初です。そこで組み立てられたアコードを見て、中国は製品製造分野で大国になる力を持っていると実感しました。その外見も走りも、日本の工場でできたアコードとの違いが分からなかったほど良くできていたことが驚きでした。

日本の電機メーカーの人に「中国語を勉強している。自分たちの仕事を奪う人たちの言葉だからだ」と聞いたのも大きかった。ロンドンの本社に転勤後も、中国語の勉強を続けました。

「従業員寮」の娘たちとの出会い

2003年に香港駐在の特派員となり、希望がかなったそうですね。

『中国貧困絶望工場』アレクサンドラ・ハーニー著 漆嶋稔訳(日経BP社) Alexandra Harney, The China Price: The True Cost of Chinese Competitive Advantage (New York, The Penguin Press, 2008)
『中国貧困絶望工場』アレクサンドラ・ハーニー著 漆嶋稔訳(日経BP社) Alexandra Harney, The China Price: The True Cost of Chinese Competitive Advantage (New York, The Penguin Press, 2008)

外国の記者に対する制限が多く、ビザを申請して却下されたことも。取材には役人などが同席することが多かった。広州のセーター工場で、何百人と並んで働く女性に何とか話がしたいと思い、案内役が、一緒に訪れていた記者団を引き連れて次の場所に行ったすきに、中国語で話しかけてみました。それが安い製品の裏に人間がいることに気づいた瞬間でした。
そして、この本の「従業員寮八一七号室の娘たち」という章の登場人物たちとも出会ったのです。彼女たちの多くは、他の省からやってきて、一部屋に10人以上で暮らし、休みもなく働き、親に家をプレゼントする者すらいる。役人や監視抜きで、寮に遊びに行ったり、ごちそうになったりして語り合い、友達になりました。

一方で、田舎から出てきて2週間後に、深夜の工場で右腕を機械にはさまれて失った青年とも出会いました。本書では仮名ですが、入院中に法律を勉強し始め、自分のように労働災害の被害者となった人々や、工場労働者の権利のために活動をしていました。

こうした人のことをもっとよく知るためには、当局からの規制が厳しい外国の記者でない方が取材がしやすいと思い、新聞社に休職を願い出て、香港大学の研究所の客員研究員という資格でいろいろな人に2年にわたって会い続けたのです。新聞記者の頃は、中国人は私たちとは違う存在だと思っていた。でも、一緒に住んで毎日話してみると、自分たちと全く同じ人間。それが分かって、好きになっていきました。

安い製品の裏に人間がいる

劣悪な環境下でガンになる人が多発する村があることや、顧客である米国の大型チェーン店による監査を受けぬよう、「裏」の工場でルールを無視した運営が行われていることなど、生々しい告発が続きますね。

ただ、いたずらに中国製品のボイコットを呼びかけたり、中国を批判したりする本ではない。安い中国製品を生み出す様々なコストを世界がどう負担しているのか。世界中の消費者が払うべきコストもあれば、すでにお金以外の形でも影響を受けている部分もある。それが果たして長期的に持続可能なのか。考えるきっかけになって欲しい。

中国の工場長たちが、不正をしてまで価格を下げようとするのは、厳しい競争にさらされているから。世界中の消費者は、自分と関係がないと言い切れるのか。中国からの安い製品の裏に、私たちと同じように希望を持ち、笑ったり、悲しんだりする人たちがいるということに気づいて欲しい。

記者になったきっかけは。

97年に、東大で研究しながら衆院議員の事務所で働くために来日しました。ところが数カ月後、フィナンシャル・タイムズの当時の東京支局長にスカウトされた。そんな新聞、聞いたこともなかったですし(笑い)、断ったけれど、ジャーナリストの両親から「ぜひ」と勧められました。

日本で運命が変わったのですね。

10代だった80年代後半、「日本脅威論」が盛んだった。経済大国のことを学ぼうと高校で日本語を選択。高校時代から日本にホームステイしていたし、プリンストン大でも日本の政治や外交を学びました。私が作れる料理は、東京で覚えた日本食だけ。コンビニでの新商品チェックも欠かせないし、今も日本が大好き。

米国ジャーナリズムには(社会悪を追及する)マックレーカーと呼ばれる伝統があります。『ファストフードが世界を食いつくす』のエリック・シュローサーなどが現代では代表的存在とされますが、そうした伝統を受け継いでいると思いますか。

そうならば大変光栄。シュローサーは、お手本として、ノートに図(ダイヤグラム)を描きながら、じっくり読みました。もしも、自分の本がそのように評価されるなら、これほどうれしいことはない。日本の女性や若者文化など、興味があって掘り下げてみたいテーマはたくさんある。先日も渋谷でカリスマ店員や若者にインタビューしたところですが、ぜひ、これからいろいろと挑戦したい。

(聞き手 GLOBE 池田伸壹)

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