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「新型コロナだけ、なぜ騒がれる」 感染症と闘い続けてきたアフリカからの問い

World Now 更新日: 公開日:
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、ケニアの首都ナイロビにあるスラム街に設置された手洗い器で手を洗う人々=ヘゼカヤ・オギラさん提供

アフリカ東部ケニアの首都ナイロビ。中心部からほど近い場所に、トタンや土壁でできた家屋が密集するアフリカ最大規模のスラム街がある。3月12日、この地区で育った教員のヘゼカヤ・オギラさん(34)が住む集合住宅を訪れた。トタンで囲われた家は熱がこもり、汗が噴き出てくる。6歳の長男は血友病の持病があるが、病院に薬の在庫がなく、だるそうに横になっていた。

この集合住宅には211世帯が住み、トイレは全世帯共有で四つのみ。6畳ほどの部屋で10人近い人が住む家もあり、ひとたび誰かが感染病にかかれば、一気に感染が拡大する恐れがある。一昔前はエイズウイルスで亡くなる人が多く、最近は汚染された食品や水などによって感染する腸チフスの人が多いという。

ケニアで新型コロナウイルスの初の感染者が確認されたのは、私がこのスラムを訪れた日だった。政府はその後、国際線の運航停止やナイロビと地方の往来禁止、夜間外出禁止令など、矢継ぎ早に感染防止策に乗り出した。

医療設備が整っていない他のアフリカ諸国も危機感は強く、感染者がいない段階で緊急事態宣言を出す国もあった。ロイター通信によると、利用可能な集中治療室(ICU)のベッド数が100床に満たない国は約20カ国に上り、人工呼吸器がない国もあるという。

オギラさんが住むスラム街でも感染者が確認された。4月下旬にオギラさんに電話をすると、「こちらは大変だよ」と沈んだ声が返ってきた。他の人との間隔を開けようにも、100万人以上の人が住むとされる密集したスラム街では難しく、手を洗う水道も各家庭に付いていない。トイレの排泄物が流れる小川に隣接している家屋も多い。「政府はコロナ対策に集中しているけど、感染防止策によって収入が減った人も多く、住民の不満は高まっている。ここでは他の病気で苦しんでいる人も多いしね」

ケニアの首都ナイロビにあるスラム街。線路沿いでる露天商がユニホームや靴、雑貨などを売っていた=1月20日、石原孝撮影

確かに、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国で暮らす人々にとって、脅威となる病気は新型コロナウイルスだけではない。先進国に比べると、マラリアなどの感染病はより身近な存在だ。

3月上旬にアフリカ西部のブルキナファソの病院で話を聞いたラスマタ・バムゴさんは、4歳の娘がマラリアと栄養失調で入院し、看病に追われていた。娘は高熱や悪寒に襲われ、体中に炎症ができ、体重は日本の子どもの平均より7キロほど少ない約9キロに。バムゴさんは、何度も苦しそうにせき込む我が子の体を支えながら水を飲ませていた。病院の医師は「感染症の薬が手に入らずに治療できなかったり、在庫はあっても高価で買えなかったりする人が多い」と打ち明けた。

新型コロナウイルスの感染者がアフリカでも増加していた4月23日、世界保健機関(WHO)は「サハラ砂漠以南のアフリカ諸国でのマラリアの死者が、前年から倍増して約72万人になる恐れがある」と発表した。新型コロナウイルスによる外出制限などによってマラリア患者の治療が遅れたり、殺虫剤処理をした蚊帳の配布が滞ったりする可能性があるというのだ。

WHOによると、2018年のマラリアの感染者は世界各地で計2億2800万人に上り、死者は40万人超に達した。中でも、サハラ砂漠以南のアフリカの国で突出し、感染者、死者ともに全体の90%以上を占めていた。過去にエボラ出血熱が流行した西アフリカの国では、マラリアの治療が遅れ、死者がエボラ出血熱の犠牲者よりも多くなっていたこともあったという。

ブルキナファソのカヤの病院で3月6日、マラリアに感染し、ベッドに横たわる女児=石原孝撮影

一方で、同アフリカ地域事務局は5月7日、「新型コロナウイルスによって、アフリカ各国で最大19万人の死者が出る恐れがある」とも発表した。過去に流行したエイズウイルスや結核、エボラ出血熱などの経験を生かし、いち早く対策を進めた国もあるが、モエティ局長は「積極的な対策を取らなければ、新型コロナウイルスは今後数年にわたって、我々の生活の一部になる可能性がある」と警告した。

ただ、アフリカ最大の人口を抱えるアフリカ西部のナイジェリアで貿易業を営む男性は言う。「マラリアなどの感染病では年に数十万人もの人が亡くなっているのに、こんなに騒ぐことはない。新型コロナウイルスは先進国で流行したから、世界中で騒がれるようになったのではないか」

アフリカ諸国で最初に感染が判明した患者の多くは、欧州などから来た裕福な人たちだった。中には、新型コロナウイルスを「先進国病」と言う人もいた。感染症と向き合う生活が「ノーマル」だった人々からすれば、今の世界各地での混乱ぶりに戸惑いを覚えるのだろう。

私が住む南アフリカでは、感染防止策の一環として外出先でのマスクの着用が義務化された。以前は一度も見かけなかったマスク姿の人がスーパーや薬局で買い物をしている光景が日常になり、アフリカ柄のカラフルな布マスクを着こなす人も目立つ。新型コロナウイルスによる新しい生活用式が着実に生まれてきている。(石原孝)