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技術進化の前に時代遅れとなりつつある、アメリカの空母中心主義 

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
空母ニミッツを中心とした空母打撃群。この艦隊には海自護衛艦も加わっている(写真=米海軍)

とはいえ、これまで永きにわたってアメリカ海軍の組織、艦隊、兵器開発、教育訓練、そして人事などが空母中心主義に立脚して動いてきたため、空母中心主義を維持しようという勢力の方が圧倒的に優勢だ。これは、空母中心主義が戦艦中心主義と対決していた時期と全く似通った構造である。

■「空母不沈神話」の誕生

これまでアメリカ海軍は、護衛空母と呼ばれる小型空母を含め178隻の航空母艦を運用してきた。このうち、撃沈されたものと、大破したため自ら沈めたものを含めて、戦闘で喪失したのは12隻。うち11隻は日本海軍によって、1隻はドイツ海軍によってである。

1945年2月21日、アメリカ海兵隊による硫黄島侵攻準備の事前爆撃に従事していたアメリカ海軍護衛空母ビスマルク・シー(CVE-95)が、日本海軍第二御楯特攻隊の2機の特攻機の体当たり攻撃を受けて沈められた。しかし、それ以降75年近くにわたってアメリカ海軍は1隻の空母も喪失していない。

戦闘で沈められた米海軍空母「ビスマルク・シー」(写真=米海軍)

そのため、アメリカ海軍というよりもアメリカ社会には「アメリカ海軍の航空母艦が沈められることはあり得ない」という「空母不沈神話」が浸透した。この「空母不沈神話」のため、アメリカ海軍は空母を防御することに各種資源を最大限に投入し続けている。それだけではない。空母中心主義者たちは、何としてでも「空母不沈神話」を守ろうとしているのだ。

■図上演習で起きた、衝撃の結果

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ攻撃に対応して、アメリカ軍は02年に莫大な予算(およそ2億5千万ドルといわれている)を投入して大規模なウォーゲーム「Millennium Challenge 2002(以下MC-2002)」を実施した。これはミリタリーシミュレーション、兵棋(へいき)演習、図上演習などとも呼ばれるもので、軍事組織やシンクタンクが、軍事理論や戦略、個々の作戦などを研究するため、敵と味方の詳細データに基づいてコンピューターなどを使って実施する軍事演習である。

MC-2002ではアメリカ軍が、イランやイラクを想起させる仮想敵「レッドチーム」と2週間にわたって机上で戦闘を交えることになっていた。ところが、アメリカ海兵隊ポール・ヴァン・リッパー退役中将が率いたレッドチームは、対艦ミサイル連射攻撃や小型ボートによる接近攻撃などを駆使した見事な作戦を成功させ、開戦2日目までに原子力空母や強襲揚陸艦などを含む16隻のアメリカ軍艦を撃沈した。そして見積もられたアメリカ軍の戦死者は2万人に上ったのだった。

海軍首脳を中心とするアメリカ軍首脳部はMC-2002を中断させた。莫大な予算を投入し、演習予定期間2週間のMC-2002が開戦2日目で、しかも「レッドチーム」の勝利で終結したのでは、残りの期間が無駄になる、という理由だった。

撃沈された空母を含む16隻の軍艦は全て“再浮上”し、MC-2002は再開された。ただしレッドチームは、これまで用いた戦術やさらなる奇抜な戦術を禁止された。そしてアメリカ軍側が勝利するという事前に策定されたシナリオに沿って演習が続けられ、その通りにアメリカ軍が勝利した。このようにして「空母不沈神話」は守られたのだった。

海軍首脳や「空母こそアメリカの軍事的支配力の象徴である」と信じる多くの軍関係者、政治家にとって、「空母不沈神話」は不滅でなければならない。また、空母には戦闘攻撃機、早期警戒機、小型輸送機、哨戒ヘリコプター、輸送ヘリコプター、救難ヘリコプターなど様々な航空機が搭載されるため、造船造艦業界のみならず、航空機産業も巨大な原子力空母の建造やメンテナンスに関与して恩恵を得ている。そのため、空母建造や運用に関連する幅広い産業やそれらの従業員にとっても「空母不沈神話」は不滅でなければならないのだ。

■技術の進化についていけない空母

MC-2002から17年が経過した現在、「レッドチーム」よりも強力な空母攻撃用軍事システムが続々と誕生している。

かつては大海原を航行する敵艦艇を発見することは至難の業だった。ところが海上を警戒監視するための軍事衛星、水平線の先まで探知可能な超水平線レーダーシステム、それに高性能海洋哨戒機など、科学技術が飛躍的に進歩したため、海上を航行する艦艇や船舶、とりわけ原子力空母のような巨艦が敵の監視網から姿を隠すことは100%不可能になった。

海上戦闘艦艇にとってさらに悪いことに、中国やロシアの各種対艦ミサイル(艦艇船舶を攻撃するためのミサイル)の射程距離、命中精度、スピードなど性能が、やはり飛躍的に進歩している。

特に中国軍は、中国沿岸域に接近してくるアメリカ空母を撃破することを主目的として各種対艦兵器(アメリカ軍では接近阻止/領域拒否兵器あるいはA2/AD兵器と呼んでいる)の開発に全力を投入してきた。中国本土の地上移動式発射装置、中国軍にとって安全な空域のミサイル爆撃機、中国軍にとって安全な海域の駆逐艦やフリゲートやミサイル艇などから、対艦弾道ミサイル、対艦巡航ミサイル、超音速対艦ミサイル、極超音速対艦グライダーなどでアメリカ軍艦を攻撃することができる。とりわけ巨体の原子力空母は、それらA2/AD兵器にとっては、sitting duck(容易な標的)に近い、恰好の攻撃目標だ。

米海軍の原子力空母カールビンソン=2017年4月、朝日新聞社機から、迫和義撮影

■数の前についえる「空母不沈神話」、新たな価値は

これに対してアメリカ海軍は、空母艦隊を敵のミサイル攻撃や爆撃から防衛するために、超高性能防空戦闘システムである「イージスシステム」を開発し、常に改良を続けている。イージスシステムによって発射され、敵のミサイルや航空機を撃破するための「防空ミサイル」にも巨額の費用(日本からも引き出している)をつぎ込んで、その性能はめざましく向上している。

しかしながら、軍艦に比べると米粒よりも小さいミサイルを攻撃するための防空ミサイル開発は、対艦ミサイルの開発よりも技術的に遙かに困難であることは容易に理解できるであろう。

技術的に困難であるが故に、防空ミサイルの開発費や調達価格は対艦ミサイルの比ではない超高額になっている。そのため、中国軍やロシア軍の「各種対艦ミサイル」保有数と、アメリカ軍の「防空ミサイル」保有数を比較すると、「各種対艦ミサイル数」が凌駕している。

中国軍によるアメリカ空母艦隊へのミサイル攻撃は「猛烈な飽和攻撃」になることが確実である。すなわち短時間のうちに大量の対艦ミサイルが、地上発射装置、空中のミサイル爆撃機、海上の艦艇から、つるべ打ちにされるのである。

これに対してアメリカ軍艦艇に装填してある防空ミサイルや対空機関砲の弾薬の数量には限りがある。アメリカ軍艦がそれらを撃ち尽くしてしまったら、それ以後に中国軍が発射する対艦ミサイルは百発百中になってしまう。

以上のような理由で、中国そしてロシアにはもはや、「空母不沈神話」など成り立たないといった指摘が、アメリカ海軍関係者の中からも唱えられ始めている。

「超巨大空母を中心に据えた海軍戦略は時代遅れで、そのような原子力空母に巨額の国防費を割り当てるこれまでの仕組みを抜本的に見直さなければならない」という空母中心主義からの脱却を巡る激しい議論が交わされ始めているのである。

もっとも、これまで空母中心主義の海軍戦略を維持することができたのはアメリカ海軍だけだった。したがって、アメリカ海軍の空母中心主義が時代遅れになってきたという事実は、アメリカ以外の国々が持つ航空母艦とは別次元の問題だ。それぞれの海軍は、それぞれ独自の海軍戦略に基づいて自らの空母を運用しているからである。

要するに、空母中心主義が時代遅れになってきたからといって、航空母艦そのものが無用の長物になってきたということを意味しているわけではない。アメリカ海軍の巨大原子力空母も新しい時代に対応した新たな存在価値を付与されることになるであろう。