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[第13回]地下鉄でうたた寝




高校時代の一日は長かった。朝の支度(シャワー、着替え、シリアル)を30分間に詰め込み、6時40分には地下鉄へと駆け込む。車両に身を押し込み、化学のノートを眺め、チェンバーズ・ストリートに飛び出し、一路学校を目指して西へ。3時40分に授業を終えると、普通なら帰るところを学校新聞の事務所へと向かい、記事の編集、執筆。誰かとキスをする日の妄想も時折。そのうちあたりはすっかり暗くなり、また地下鉄に乗って帰宅という毎日。


 住宅街をゆくあの電車が私は好きでたまらなかった。行きは急行、帰りは座ってひと眠りするべく普通列車に乗った。都市生活者は眠るときも効率的だ。駅を発車するたびに、機械のような正確さで意識はするりと遠のき、次の駅間際で減速するとまた目覚めの世界に再入場する。カナル・ストリート駅から買い物客、ハンター・カレッジ駅では学生、レノックス・ヒル病院そばの駅からは医者……そんな乗客の中でただ私は眠った。目が覚めると片足だけ社会に戻り、そしてまた、眠りについた。 あの頃、地下鉄でのうたた寝は一種の反抗表明だった。人には感じよく接し、良い成績をとりたいと思い、To Do リストが延々と続くような子だった私だが、街中の真下を駆け巡るときだけは自分の内へとこもり、断固として何もしなかった。 ニューヨークが輩出してきた過去の眠り人の中で、ヘンリー・シェルビーほど私を魅了する人物はいない。深夜の地下鉄を縦横無尽に利用しながら、まとまった睡眠時間をとっていく。自らホームレスになることを選んだかのように。彼に刺激を受けた雑誌「ハーパーズ・マガジン」は1956年、「地下鉄とは寝るためにある」という記事を掲載した。深夜0時から1時の間に8番街線急行の先頭車両に乗るとほぼ座れるとか、違法な喫煙をするなら、決まったトイレで決まった時間に、といった彼独自のテクニックを詳述した。 いつもホームに入ってくる電車のすいている車両を探し、そこに向かって走っていくとき、地下鉄でのうたた寝に関する重要な原則を打ち出したシェルビーの姿を思う。それはつまり、うたた寝には戦略を練らなければならないし、戦略を練った分だけ価値のあるものが自分に返ってくるということだ。


(次ページへ続く)

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