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[第10回]姉が「ふるさと」と呼んだ難民キャンプの、いま




熱い太陽が照りつけるまぶしい朝だった。マーヤンは黄色い燃料容器の水を水筒に入れ、頭にぬらした布を巻いた。両手でタブレット端末を構え、道中、目にしたすべてを写真に撮っていた。A4地区は遠い。途中N8地区を横切り、食料配給センターを過ぎ、アカシアの木が立ち並ぶ一角を過ぎると、遊び場に出た。


25万人以上が暮らすダダーブは、世界最大の難民キャンプだ。政府は過激派の温床になっているとして、半年以内にこのキャンプを閉鎖すると宣告したため、ソマリアに帰った人もいるけど、僕たちがこの先どうなるのかは、これまで通り知る由もない。


かつてのA4地区は今ではA2と呼ばれていた。1000年前のことみたい、と姉は言った。


彼女が何年も前に植えた木は、どれも枯れてしまっていた。中庭と呼んでいた場所は跡形もなく、姉も遊んだ広場には家が立ち並んで今では別の人が暮らしていた。水飲み場はまだ残っていたけど、その奥にそびえ立っていたタマリンドの木は寒々しい姿になり果てていた。新しい住人はこの女性が誰で、なぜ写真を撮っているのかと尋ねてくる。子ども時代の思い出の地で、マーヤンはよそ者となっていた。


立ち尽くしたまま、マーヤンは泣き出した。枯れてしまった木を抱きしめ、すすり泣く姉を僕もきつく抱きしめた。気づいたら、僕も泣いていた。知り得る限り最も強い人物である姉の違った一面を知り、思った。マーヤンでも泣くことがあるんだ。


こんなとき、僕たちは一体何ができるというのだろう?


(アサド・フセイン、抄訳 菴原みなと) 

©2016 The New York Times




Asad Hussein

ダダーブ在住ライター。アフリカの再定住支援センターのもと、移住の機会を待つ。21歳。


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